「パパ、お花をママにあげて!」
突然「ニーノチカ」が涙に濡れた顔を上げました。
「何一つやるもんか、かあちゃんにはなおさらだよ! かあちゃんはこの子をきらっていたんだ。あのときだってこの子から大砲を取り上げたじゃないか、この子がプレゼントしたんだぞ」
あのとき「イリューシャ」が母に大砲を譲ったことを思いだし、ふいに二等大尉は声を張りあげて泣き崩れました。
哀れな狂女は両手で顔を覆って、低くむせび泣きはじめました。
少年たちは、父親が柩をはなそうとしないのにやっと気づいて、突然、柩のまわりをびっしり取りかこみ、持ちあげにかかりました。
「墓地に葬るのなんかいやだ!」
だしぬけに「スネギリョフ」がわめきました。
「石のそばに葬るんだ、わたしらのあの石のそばに! イリューシャがそう言ったんだ。運ばせるもんか!」
彼はこれまでも、三日間ずっと、石のそばに葬ると言いつづけてきたのでした。
しかし、「アリョーシャ」や、「クラソートキン」をはじめ、家主のおかみや、その妹、少年たち全員が横槍を入れました。
「へえ、なんてことを考えだすのさ、あんな汚ない石のそばに葬るなんて、首吊り死体じゃあるまいしさ」
家主の老婆がきびしい口調できめつけました。
「教会の構内には十字架の立った墓地があるんだよ。あそこならお祈りもしてもらえるしさ。教会から讃美歌もきこえてくるし、補祭さんの読んでくださる美しいありがたいお言葉も、そのつどこの子のところに届いてくるから、まるでこの子の墓前で読んでくれるようなものじゃyないかね」
これは「家主の老婆」の発言なのですね、やけに詳しいですけれど、それにしてもなぜ作者は「イリューシャ」が死ぬという設定にしたのでしょうか、「ゾシマ長老」の死であれほど死が記憶づけられているというのに、またこのようなシーンなのです、二つの「死」は規模がまったく違うとは言え等価なのですね。
二等大尉はついにあきらめて手を振り、「どこへでも運ぶがいいや!」と言いました。
少年たちは柩を担ぎあげましたが、母親のわきを運びすぎる際、「イリューシャ」とお別れができるよう、ちょっとの間立ちどまって、柩をおろしました。
しかし、この三日間というものいくらか離れたところからだけ眺めていた、なつかしいわが子の顔をいきなり間近に見ると、彼女は突然、全身をふるわせ、柩の上でヒステリックに白髪の頭を前後に振りはじめました。
「ママ、十字を切って、祝福してやって。接吻してやってちょうだい」
「ニーノチカ」が叫びました。
しかし、母親は自動人形のように頭を振りつづけ、ふいに焼きつくような悲しみに顔をゆがめて、言葉もなく、拳で胸をたたきはじめました。
柩はさらに運ばれて行きました。
「ニーノチカ」は、柩がわきを運ばれて行くとき、最後にもう一度、死んだ弟の口に唇を重ねました。
「アリョーシャ」は家を出しなに、あとに残った人たちの世話を家主のおかみに頼もうとしかけましたが、おかみはみなまで言わせませんでした。
「わかってますとも、ついていてあげますよ、これでもキリスト教徒ですからね」
こう言いながら、老婆は泣いていました。
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