「なぜ、どうしてこれ以上いい結果はありえないんですの?」
深いおどろきをうかべて「アリョーシャ」を見ながら、「リーズ」が叫びました。
「だってね、リーズ、もしあの人がお金を踏みにじらずに受けとっていたとしたら、家に帰って、一時間かそこら後には、自分の屈辱を泣いたでしょうからね、きっとそういう結果になったにちがいないんです。泣きだして、おそらく明日、夜が明けるか明けないうちに僕のところへ乗りこんできて、たぶん先ほどと同じように札を僕にたたきつけて、踏みにじることでしょう。ところが今あの人は《自滅行為をした》と承知してはいても、ひどく誇りにみちて、意気揚々と帰っていったんですよ。とすれば、遅くも明日あの人にこの二百ルーブルを受けとらせるくらい、やさしいことはないわけです、なぜってあの人は自分の潔癖さを立派に示したんですからね、お金をたたきつけて踏みにじったんですもの。踏みにじっているときには、僕が明日また届けにいくなんてことは、わかるはずありませんしね。ところが一方では、このお金は咽喉から手の出るほど必要なんです。たとえ今誇りにみちていたにせよ、やはり今日にもあの人は、なんという援助をふいにしてしまったんだと、考えるようになるでしょうよ。夜になればもっと強くそう思い、夢にまで見て、明日の朝までにはおそらく、僕のところへ駆けつけて赦しを乞いかねぬ心境になるでしょう。そこへ僕が現れるという寸法です。『あなたは誇りにみちた方です、あなたは立派にそれを証明なさったのですから、今度は気持ちよく受けとって、わたしたちを赦してください』こう言えばあの人はきっと受けとりますとも!」
「アリョーシャ」は何か陶然とした口調で、「こう言えばあの人はきっと受けとりますとも」と言いました。
「リーズ」は手をたたきました。
これは、作者が「アリョーシャ」の口を借りて、人の心の動きを説明しているのですから、彼が饒舌で余計なことまで喋っていると思うのは良くないことですね。
当然ですが、こういうことは言葉で表さなければ、読む者には到達しませんから。
しかし、これを地の文で説明せずに、まだ未熟なところの残る「アリョーシャ」がまだ幼い「リーズ」に話しているということが作者との間にワンクッション置いているわけではあります。
「ああ、そのとりね。あたし急におそろしいほどよくわかったわ! ああ、アリョーシャ、どうしてあなたはそんなに何もかもわかってらっしゃるの? そんなに若いのに、もう人の心の動きがわかるなんて・・・・あたしだったら、決して考えつかないでしょうに・・・・」
「肝心なのは、たとえお金をもらったにせよ、われわれみんなと対等なんだってことを、これからあの人に確信させなければならぬという点なんです」
「アリョーシャ」は陶然としてつづけました。
「対等どころか、むしろ一段上なんだという点をね・・・・」
「《一段上》だなんてすばらしいわ、アリョーシャ、でももっとお話しして、ね、話してちょうだい!」
「つまり、僕の言い方が正しくなかったんですよ・・・・一段上なんて・・・・でも、かまいませんよね。だって・・・・」
「ええ、かまわないわ、大丈夫よ、もちろんかまいませんとも! ごめんなさい、アリョーシャ・・・・あのね、あたし今まであなたをほとんど尊敬していなかったわ・・・・いえ、つまり、尊敬はしてましたけど、対等の立場でだったわ、今後は一段上に奉って尊敬するわね・・・・あら、怒らないで、あたしが《皮肉》を言ったからって」
彼女はすぐに強い感情をこめて言い添えました。
「あたしはこっけいな小娘でしかないのに、あなたは・・・・あのね、アリョーシャ、今のあたしたちの、いえ、つまりあなたの・・・・いいえ、やっぱりあたしたちのと言ったほうがいいけれど、そういう考え方に、その不幸な人に対する軽蔑は含まれていないかしら・・・・つまり、あたしたちが今、まるで上から見下すみたいに、その人の心を分析していることに? お金を受けとるにちがいないなんて、今あれほど断定的に決めてかかったことに、ねえ?」
ここでの「リーズ」の発言は読む者の多くが感じていることを端的に表現してくれており、この質問に対する「アリョーシャ」の答えがどのようなものかたいへん興味深いものです。
「いいえ、リーズ、軽蔑なんかありませんよ」
まるでこの質問にかねて用意していたかのように、「アリョーシャ」はしっかしりした口調で答えました。
「僕自身、こちらへ伺うみちみち、そのことを考えてみたんです。だってそうじゃありませんか、われわれ自身があの人と同じような人間だというのに、いや、みんながあの人と同じだというのに、どうして軽蔑するはずがありますか。僕らだって同じような人間で、あの人よりすぐれているわけじゃないんですからね。かりにすぐれているとしても、あの人の立場に置かれたら、やはり同じようになるはずですよ・・・・あなたはどうか知りませんけどね、リーズ、僕は自分のことを多くの点でちっぽけな心の持主だと思っているんです。ところが、あの人の心はちっぽけどころか、むしろ反対に、とてもデリケートなんですよ・・・・そう、リーズ、この場合あの人に対する軽蔑なんて全然ありませんとも! あのね、リーズ、長老が一度こんなことを僕におっしゃったんですよ。人間というものはたえず子供のように面倒を見てやらねばならぬ、また、ある人々は病院の患者のよう世話してやらねばならないって・・・・」
「アリョーシャ」は、同じ人間だから軽蔑などあり得ないと言っていますが、説得力はありませんね。
つまり、「同じ人間」というのは理念であって、それを根拠に軽蔑していないというのは答えになっていません。
むしろ、「リーズ」の質問は、無意識の中に何か奢りのようなものが含まれていないかということで「アリョーシャ」よりは深いですね。
しかし、この「人間というものはたえず子供のように面倒を見てやらねばならぬ、また、ある人々は病院の患者のよう世話してやらねばならない」という長老の言葉は考え抜かれた言葉だと思います。
「ああ、アリョーシャ、すてきだわ、病人の世話をするように、人間の面倒をいっしょに見てあげましょうよ!」
「そうしましょう、リーズ、僕はその覚悟です。ただ僕自身まだすっかり覚悟ができてるというわけじゃないもんですからね。僕は時によるとひどく短気で、どうかするまるで分別をなくしてしまうから。あなたは別ですけれどね」
「まあ、信じられないわ! アリョーシャ、あたしとっても幸せ!」
「あなたにそう言っていただけると、とても嬉しいな、リーズ」
「アリョーシャ、あなたってびっくりするくらい立派な人ね、でも時によると何か物知りぶってるみたいだけれど・・・・そのくせ、まるきり物知りぶってるわけじゃないのに。あのね、ちょっと行って戸口の辺を見てくださらない。そっとドアを開けて、ママが立ち聞きしているかどうか見てほしいの」
ふいに「リーズ」がなにか神経質な、気ぜわしいささやき声で言いました。
「アリョーシャ」は行って、ドアを細目に開け、だれも立ち聞きしていないことを知らせました。

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