「イワン」はふいに身をひるがえすと、もはやふりかえりもせず、歩み去って行きました。
昨日とはまるきり違う性質のものとはいえ、それは兄「ドミートリイ」が昨日「アリョーシャ」のそばから去って行った様子と似ていました。
それは、(411)の以下のシーンのことです。
「「待ってくれ、アレクセイ、もう一つ告白があるんだ、お前だけにな!」ふいに「ドミートリイ」が引き返してきました。「俺を見てくれ、じっと見てくれ。ほら、ここに、ここのところに、恐ろしい破廉恥が用意されているんだ(『ほら、ここに』と言いながら「ドミートリイ」は拳で自分の胸をたたいたが、それもまるで胸のどこかそのあたりに破廉恥がしまわれ、保たれているかのような、ことによるとポケットに入れてあるか、でなければ何かに縫いこんで首にでも下げているみたいな、奇妙な様子だった)。俺と言う人間はお前にももうわかったはずだ。卑劣漢さ、衆目の認める卑劣漢だよ!だけど、いいか、俺が過去、現在、未来にわたってどんなことをしようと、まさに今、まさしくこの瞬間、俺が胸のここに、ほら、ここにぶらさげている破廉恥にくらべたら、卑劣さという点で何一つ比較できるようなものはないんだ。この破廉恥は、現に着々と成就されつつあるんだし、それを止めるのは俺の気持一つで、俺はやめることも実行することもできるんだよ、この点をよく憶えといてくれ!でも、俺はやめずに、そいつを実行すると思ってくれていい。さっきお前に何もかも話したけれど、これだけは言わなかったんだ、俺だってそれほどの鉄面皮は持ち合わさんからな!今ならまだ俺はやめることができる。思いとどまれば、失われた名誉の半分をそっくり明日返すことができるんだ。しかし、俺は思いとどまらずに、卑しい目論見を実行するだろうよ、お前にはいずれ、俺があらかじめ承知のうえでこの話をしたという証人になってもらうよ!破滅と闇さ!べつに説明することもないよ、いずれわかるだろうからな。悪臭にみちた裏街と、魔性の女だ!さよなら。俺のことを祈ったりしてくれるなよ、そんな値打ちはないんだから。それに全然必要ないしな、まるきり必要ないよ・・・全然要らないことだ!あばよ!」そして彼はふいに去ってゆき、今度はもう本当に行ってしまいました。」
以上が「ドミートリイ」との別れのシーンでした。
両方とも、心を閉ざして孤独に去って行き、「アリョーシャ」としては不本意な別れ方ですね。
この飲屋「都」で会話するのは、そもそも本来は「イワン」と「ドミートリイ」のはずでしたが、「ドミートリイ」はあらわれず、「スメルジャコフ」からそのことを聞き出した「アリョーシャ」が相手になったのでしたね。
この奇妙な発見が、この瞬間、愁いと悲しみに閉ざされた「アリョーシャ」の頭の中を、矢のようにひらめき過ぎました。
彼は兄のうしろ姿を見つめたまま、しばらく待ちました。
なぜか突然、兄「イワン」が身体を揺するようにして歩いていくのに気づきました。
それに、うしろから見ると、右肩が左肩より下がっているようです。
これまでついぞ、こんなことには気づきませんでした。
このアンバラスな歩き方は、以前からのものではなくて、今の「イワン」精神状態を反映した歩き方なのかもしれませんね。
だが、ふいに彼も向きを変え、ほとんど走るようにして修道院に向かいました。
すでに日はとっぷりと暮れて、恐ろしいくらいでした。
何か、とうてい答えを与えられぬような新しいものが、胸の中で育ちつつありました。
昨日と同じように、また風が起り、僧庵の林に入ると、千古の松が周囲で陰鬱にざわめきだしました。
彼はほとんど走らんばかりでした。
『《天使のような神父(パーテル・セラフィクス)》-こんな名前を兄さんはどこから持ちだしてきたのだろう、いったいどこから(訳注 ファウスト第二部の最終場面に出てくる)?』
「アリョーシャ」はちらと考えました。
『イワン、気の毒なイワン、今度はいつ会えるのだろう・・・・あ、僧庵だ、助かった! そう、そうだ、長老のことか。長老さまがセラフィクス神父なのだ。あの方が僕を救ってくださる・・・・悪魔から永遠に!』
その後、一生の間に何度か彼は、この朝つい数時間前に、ぜひとも兄「ドミートリイ」を探しだそう、たとえその夜は修道院に戻れぬ羽目になろうと、見つけぬうちは帰るまいと決心したばかりなのに、どうして「イワン」と別れたあと、ふいに「ドミートリイ」のことをまったく忘れたりできたのだろうと、実にいぶかしい気持で思い起したものでした。
(中巻につづく)

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