嫌疑はただちに農奴の召使ピョートルにかかり、そのうえちょうど容疑を裏づけるような状況がいくつも重なった。
なぜなら、この召使はひとり者でおまけに素行がわるいため、死んだ女主人は領地の農民から差し出すべき新兵として彼を軍隊にやるつもりでいたのだが、召使はそれを承知していたし、また当の女主人も隠そうとしなかったからである。
彼がやけ酒をあおって、女主人を殺してやると飲屋ですごんでいたのを、きいた者もいた。
しかも女主人の殺される二日前に家をとびだし、町のどこかわからぬところで暮していたという。
殺人事件の翌日、彼は町を出はずれるあたりの往来で、ナイフをポケットに忍ばせ、その上なぜか右の掌を血まみれにして、死んだように酔いつぶれているところを発見された。
当人は鼻血を出したのだと言い張っていたが、信ずる者はいなかった。
小間使たちは、祝宴に出かけていたことや、帰ってくるまで表玄関のドアの錠を開けたままにしておいた落度を認めた。
そのほか、これに類する証拠がいくつもあげられ、無実の召使はそれにもとづいて逮捕された。
拘留され、裁判がはじまったが、ちょうど一週間後に囚人は熱病にかかり、意識不明のまま病院で死んでしまった。
事件はこれで一段落し、神の御心に委ねられ、裁判官も、当局も、世間一般もみな、犯人は死んだ召使にきまっていると確信したままで終った。
だが、このあと、真の罰がはじまったのである。
神秘的な客、というより今やもうわたしの親友になった男の話によると、最初のうちはまったく良心の呵責に悩んだりしなかったという。
永いこと苦しみはしたものの、それは良心の呵責によってではなく、愛する女を殺してしまった、彼女はもはやいないのだ、自分の血潮にはまだ情熱の火が残っているというのに、彼女を殺したことによって自分の恋まで葬ってしまったのだ、という未練にほかならなかった。
しかし、流された罪なき血や殺人のことは、当時はほとんど考えもしなかった。
被害者はほかの男の妻になるかもしれなかったのだという考えが、とうてい信じられぬものに思われたため、永いこと、ああする以外に仕方がなかったと、良心にかけて信じていた。
召使の逮捕は最初いくらか彼を苦しめたが、逮捕者の急病と、それにつづく死とが、気持を安らかにしてくれた。
なぜなら、召使が死んだのは明らかに(と当時の彼は判断した)、逮捕や恐怖のためではなく、家をとびだした際、死んだように酔いつぶれて夜どおし湿った地面にころがっていた間に引きこんだ風邪のためだったからである。
盗んだ品物や金もさほど心を乱しはしなかった。
それというのも(やはり彼はそう判断したのだ)、欲得で盗みを働いたわけではなく、嫌疑をよそにそらすためだったからである。
盗んだ金額はごくわずかだったので、間もなく彼はその全額を、いや、それよりはるかに多い額を、この町に作られた養老院に寄付した。
盗みに関して良心を鎮めるために、ことさらしたことだったが、実際にその当座、いや、その後も永いこと、いちじるしく心が安まった-これは彼自身が話してくれたのである。
そこで大いに職務にはげむことにし、煩雑なむずかしい仕事を自分から買ってでて二年ほどそれにかかりきっており、まったく考えぬように務めていた。
慈善にも打ち込んで、この町に数々の施設をを作ったり寄付をしたため、両首都にもその存在を知られて、モスクワとペテルブルグの慈善団体のメンバーに選ばれた。
だが、ついにやはり、苦悩にみちた物思いに沈むようになり、とても自分では抑えきれなくなった。
このとき、一人の美しい聡明な令嬢を好きになって、ほどなく結婚した。
結婚によって自分の孤独な愁いを追い払い、新しい道に踏みだして妻子に対する務めを熱心にはたすことで、昔の思い出からすっかり離れ去れるだろうと、夢見たのだった。
ところが、まさに期待と正反対の事態が生じた。
この先読み進めたいところですが、ここで切ります。
罪の意識ということですが、殺人を犯した人はすべて、罪の意識に悩まされるものでしょうか。
殺人でなく、物を盗んだとか人を騙したとかそういう罪も罪ならば、どう考えればいいのでしょうか。
もっと言えば、自分では気づかぬ罪というのもあると思います、それらはどうなるのでしょうか。
それらをひっくるめれば世の中に悪人はたくさんいると、むしろ全員が悪人とも言えると思うのですが、巷の個々人は罪の意識に悩まされているようには見えません。
実際には、どんな小さな罪であっても悩む人がいるでしょうし、大罪を犯しても悩まない人もいるでしょう。
結局は、人それぞれというとことになってしまうのでしょうか。
世の中、勧善懲悪ならば納得できるのですが、実際は不条理です。

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