2018年2月9日金曜日

680

五年も蒸発していたあと突然どこからか現われた男のことなぞ、彼はてんから信じていなかったし、とりわけその男が近々帰ってくることなぞ、信じさえしませんでした。

それにまた、「ミーチャ」が見せてもらった、《将校》の最初の手紙には、この新しいライバルの帰国のことは、きわめて漠然と書かれていました。

手紙はいたって曖昧な、実に歯の浮くような調子のもので、安っぽい感傷だけがあふれていました。

断っておかねばなりませんが、そのとき「グルーシェニカ」は手紙の最後の数行を彼に隠したのであり、そこには帰国のことがもう少しはっきり語られていたのでした。

実に手がこんでいるというか周到に考えられた内容の文章ですね、「グルーシェニカ」の小狡くて大胆な性格がよくわかります。

そのうえ、これはあとで思いだしたのですが、その瞬間「ミーチャ」は、シベリヤからのこの手紙に対する無意識の傲慢な軽蔑とでも言うべき表情を、当の「グルーシェニカ」の顔にとらえたのです。

この文章もたった2行で「ドミートリイ」の繊細なところと、そのことを「あとで思いだした」ということで彼の迂闊といえる性格的なところまであらわすという神業的な文章となっています。

その後、「グルーシェニカ」はこの新しいライバルとの関係の進み具合について、もはや「ミーチャ」には何一つ教えようとしませんでした。

そんなわけで、彼はいつしか将校のことなぞすっかり忘れてしまったほどでした。

(679)で「ドミートリイ」が将校のことを考えなかった訳は、「その理由を説明するのは、きわめてむずかしいことでしょう。」と書かれていましたが、ちゃんと説明していますね、簡単にまとめると①父との諍いで考える余地がなかった②五年も昔のことだった③手紙がちゃちだった④手紙の一部が隠されていた⑤彼女の表情が軽蔑しているようだった、とあれこれ書かれていますので、結局理由はいろいろあるということでしょう。

彼は、たとえ何が起ろうと、たとえ事態がどう変ろうと、しだいに迫りつつあった父「フョードル」との決定的な衝突が今やあまりにも間近になり、他の何よりも先に片がつくにちがいないと、ただそのことばかり考えていました。

胸のつまる思いで彼は「グルーシェニカ」の決定を今か今かと待ち受け、その決定がなにか唐突な感じで、インスピレーションによって行われるにちがいないと、いつも信じていました。

だしぬけに彼女が「あたしを連れてって、あたしは永久にあなたのものよ」と言ってくれたら–それですべて片がつきます。

すぐさま彼女をひっさらって、世界の果てへ連れてゆくのです。

そう、すぐさま、できるだけ遠くへ、世界の果てでないまでもどこかロシアのはずれへ連れてゆき、そこで彼女と結婚して、ここでも向うでも、どこでも、だれも二人のことを知らずにいるよう、名前を秘して彼女と暮すのです。

そのときこそ、ああ、そのときこそ、ただちにまったく新しい生活がはじまるでしょう!

このまったく別の、面目を一新した、そして今度こそ《善行の》生活を(必ず、必ず善行の生活でなければならないのだ)、彼はたえず、狂おしいばかりに夢みていました。

彼はこの復活と更生とを渇望していました。

自己の意志でみずからはまりこんだ醜悪な泥沼が、あまりにも苦しくなったため、こんな場合の他の多くの人と同様、彼も転地の効果を何よりも信じていました。

こんな連中さえいなければ、こんな環境でさえなければ、こんな呪わしい土地から飛びだしさえすれば、何もかもが生れ変り、新しいスタートを切ることでしょう!

そのことを彼は信じ、それを渇望していました!


きびしい状況に置かれた人なら誰もが考えそうなことですね。


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