だが、これは問題が幸運な(三字の上に傍点)解決をみた第一の場合にすぎませんでした。
もう一つ別の解決もありました。
別の、恐ろしい結末も予想できました。
突然彼女が「帰ってよ、あたしは今フョードル・パーヴロウィチと話をきめたの。あの人と結婚するわ、あなたにはもう用はないのよ」と言ったら、そのときは・・・・だが、そのときには・・・・もっとも、「ドミートリイ」は、そのときはいったいどうなるのか知りませんでした。
最後の最後というときまで知りませんでした。
その点では彼の潔白を認めなければなりません。
彼には特定の意図はありませんでしたし、犯罪も考えられてはいませんでした。
「犯罪も考えられてはいませんでした」とは強力な伏線にみえますね。
彼はただ、あとをつけまわし、スパイをし、苦しんでいましたが、それは自己の運命が第一の幸福な結末を迎えるのにそなえていただけでした。
そのほかのいっさいの考えを払いのけていたほどなのです。
しかし、すでにここで、まったく別の苦しみが生れはじめ、まるきり新しい副次的な、それでいてやはり宿命的な、解決しがたいある事情が起ってきました。
ほかでもない、どうやって彼女を連れ去ればよいのでしょう?
そのための費用は、金は、いったいどこにあるのでしょう?
それまで、永年の間、とだえることなく「フョードル」のお情けで得ていた収入は、ちょうどこのときを境に、すっかり尽きてしまいました。
もちろん、「グルーシェニカ」は金を持っていましたが、この点に関して突然「ドミートリイ」の心に恐ろしいプライドのあることが明らかになりました。
彼は自力で彼女を連れだし、彼女の金ではなく自分の金で新生活をはじめたかったのです。
彼女の金を借りるなど、想像することさえできませんでしたし、そう考えただけでやりきれぬ嫌悪にかられるほど苦しいのでした。
ここではこの事実をくわしく述べたり、彼の心理を分析したりせず、この時の彼の心組みがそうだったと指摘するにとどめましょう。
「プライド」とは対象があるものなのでしょうか、たとえば○○に対するプライドとか、ここで言う「ドミートリイ」の「プライド」とは「グルーシェニカ」だけに対する「プライド」のように思います。
他の人に対して彼は「プライド」が全くないと言ってもいいようなことをたくさんしていますね。
しかし、愛する人、将来結婚しようとしている相手に対してそのような「プライド」のあり方自体、不自然だと思います。
ここで、語り手もたぶんそう思ったのではないでしょうか、「ここではこの事実をくわしく述べたり、彼の心理を分析したりせず、この時の彼の心組みがそうだったと指摘するにとどめ」るという一文はまさしくそうなのじゃないかと思います。
しかしそうは言っても、ここでも語り手は以下のようにその理由の一端を語っていますがちょっと苦しい言い訳のように思います。
これらすべては、盗人同然に着服した「カテリーナ」の金に対する良心のひそかな苦しみから、間接的に、いわば無意識に生じたのかもしれませんでした。
『一方の女性に対して卑劣漢であるのに、もう一人に対してまでまたもや卑劣漢になるなんて』
あとでみずから告白したように、当時彼はこう考えていたのでした。
『それに、もしグルーシェニカが知ったら、そんな卑劣漢はいやだというにちがいない』
とすれば、どこで資金を作ればいいのだ、その宿命的な金をどこで手に入れればいいのか?
それがなければ、すべてがだめになり、何一つ成就しなくなる、『しかも、それがただ、金が足りないというだけの理由で。ああ、なんという恥辱だ!』
先走りして言うなら、問題はつまり、どこでその金を手に入れることができるか、どこにその金があるかを、彼が知っていたかもしれないという点にあります。
が、ここでは、それ以上くわしいことは何一つ言わずにおきましょう。
なぜなら、いずれ何もかも明らかになるからです。

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