しかし、彼にとって最大の難儀はまさにこの一事にあったわけですから、たとえ、漠然とにせよ、話しておくことにしましょう。
と、言うことでこれは語り手がそう言っているのです。
どこかに存するその資金を手に入れるためには、その金を使う資格を得る(五字の上に傍点)ためには、まずその前に三千ルーブルを「カテリーナ」に返すことが必要でした–さもなければ『俺はこそ泥に、卑劣漢になってしまう。新しい生活を俺は卑劣漢として始めたくない」と、「ミーチャ」は決心しました。
妙にわかりにくい文章です。
「どこかに存するその資金を手に入れるため」=「その金を使う資格を得る(五字の上に傍点)ため」でしょうか。
もしそうであれば、「その前に」三千ルーブルを「カテリーナ」に返す必要があるということですが、つまり、三千ルーブルを「カテリーナ」に返すことが第一で、その上で「どこかに存するその資金」を「使う資格を得る(五字の上に傍点)」ことができるということのように読めます。
そして、この三千ルーブルはどのようなお金だったのでしょう、(563)で説明しています。
「まず三千ルーブル=三百万円について「ドミートリイ」が「どんなことでもやりかねぬくらい、お金がほしいんですよ」という金額なのですが、これは、「カテリーナ」が「ドミートリイ」に頼んでモスクワの「アガーフィヤ・イワーノヴナ」に送ろうとした金額が三千ルーブルなのです。(336)にあるように「ドミートリイ」はその三千ルーブルを「アガーフィヤ・イワーノヴナ」に送らず、「グルーシェニカ」とモークロエへ遠征して散財しました。」
そういうお金です。
だから、必要とあらば全世界をくつがえすことも辞さないが、ただ、どんなことがあろうと、何よりもまず(六字の上に傍点)「カテリーナ」にあの三千ルーブルを必ず返さねばならない、と決心したのでした。
この決心の最終的な過程が生じたのは、いわば彼のこれまでの人生のごく最後の数時間であり、まさに二日前の晩、通りで「アリョーシャ」と最後に会ったときからであって、つまり、「グルーシェニカ」が「カテリーナ」を侮辱し、「ドミートリイ」がその話を「アリョーシャ」からきいて、自分が卑劣漢であることを認め、『もしそれがいくらかでも彼女の気持を軽くしうるものなら』、このことを「カテリーナ」に伝えてほしいと命じたあとの話です。
この「まさに二日前の晩、通りで「アリョーシャ」と最後に会ったとき」とは、(404)のシーンで、「アリョーシャ」が「カテリーナ」の家から修道院へ帰る途中、「ドミートリイ」が待ち伏せしてとびかかってきて驚かせたときのことです。
あの晩、弟と別れたあと、彼はものに憑かれたような気持で、『たとえ人殺しや強盗をしてでも、カーチャに借金を返すほうがましだ』と感じました。
また、大きな伏線ですね、そのものずばりの表現で「人殺しや強盗」という言葉が使われています。
『殺された人、奪われた人に対して、いや、すべての人に対して、この俺が強盗や人殺しということになってシベリヤに送られようと、それでもカーチャに、あの人はあたしを裏切って金を盗み、あたしのその金で善行の生活をはじめるためにグルーシェニカと駈落ちした、などと言う権利を持たれるよりは、よっぽどましだ! それだけは堪えられない!』
「ミーチャ」は歯ぎしりしてそう思ったし、また実際、これではいずれ脳炎になるのがオチだとときおり想像したのもやむをえません。
しかし、今のところ彼はまだ悪戦苦闘していました・・・・
ふしぎなことに、これほどの決心を固めた以上、もはや彼にとっては絶望以外に何一つ残されていない、と思われそうなものです。
なにしろ、それほどの大金を、しかも彼のような素寒貧が、突然どこで手に入れられるというのでしょうか。
が、それにもかかわらず彼は、この間を通して終始最後まで、その三千ルーブルはきっと手に入る、その金はひとりでにやってくる、たとえ天からでも降ってくると期待しつづけていたのでした。
だが、こういうことは、「ドミートリイ」のように、これまでの生涯ずっと、相続で手に入れた金をただ浪費し、むだに使いはたすばかりで、どうやって金を手に入れるかについては何の理解も持たぬ人間には、よくあるものです。
三千ルーブル=三百万円はサラ金でも手に入りにくい金額ですが、一言で言えば金銭感覚がないということですね。
おととい「アリョーシャ」と別れたあと、今彼の頭の中にきわめて突拍子もない旋風が吹き起り、すべての考えを混乱させていました。
というわけで、もっともとっぴな企てからはじめるという結果が生じたのです。
それに、ひょっとすると、こういう人間がこういう状況に置かれた場合、およそ考えられぬ突拍子もない企てがいちばん可能性のあるものに思われるのかもしれません。
まさしくそのように思います。

0 件のコメント:
コメントを投稿