だしぬけに彼は、「グルーシェニカ」のパトロンである商人「サムソーノフ」のところへ行って、一つの《計画》を示し、その《計画》と引き替えに必要な金額を一度に彼から手に入れようと決心しました。
商売上の面からは、この計画に彼はいささかの疑念も持っていませんでしたが、ただ当の「サムソーノフ」が商売気だけではなしに検討しようという気を起した場合、彼のとっぴな振舞いをどう眺めるか、それだけが不安でした。
「この計画に彼はいささかの疑念」も持っていないという段階からもう明らかに判断の甘さを露呈していますね。
「ドミートリイ」は、この商人の顔こそ知っていましたが、知合いではありませんでしたし、一度も言葉を交わしたことさえありませんでした。
だが、なぜか彼には、それももうずっと以前から、もし「グルーシェニカ」がなんとかまじめに生活を立て直して、《信頼できる人物》と結婚するのであれば、今や明日をも知れぬ身であるこの年老いた好色漢も、おそらく今この瞬間になってはまったく反対しないだろう、という確信ができていました。
反対しないどころか、それこそ当人も望むところであり、そういう機会さえ訪れれば、すすんで協力することでしょう。
「ドミートリイ」は、恋に目が眩んでおかしくなっているのが第一の理由だとしても、本来周りが見えず、楽観的で客観的な判断などできなきない人物のようです。
楽観的で客観的な判断ができないことについては、もちろん軍人がすべてそうというわけではありませんが、ある意味で上からの命令を絶対視ししなければならず、自らの疑問や死の恐怖があってもそれを打ち消さなければ生きていけない組織の中で育って来た人間の避けられない一面なのかもしれないと思いました。
なにかの噂によってか、あるいは「グルーシェニカ」の言葉からか、とにかく彼は、この老人がたぶん「グルーシェニカ」のために、「フョードル」よりも自分を選んでくれるにちがいない、と決めてかかっていました。
ことによると、この物語の大方の読者には、そんな助力の期待や、言うなればパトロンの手から花嫁を奪おうという意向は、いかに「ドミートリイ」にせよ、あまりにも乱暴で、場当り的にすぎると思われることでしょう。
わたしが指摘しうるのは、「ミーチャ」にとって「グルーシェニカ」の過去は、もはや完全に過ぎ去ったものに思われていた一事だけです。
その過去を彼は限りない同情の気持で眺めていましたので、ひとたび「グルーシェニカ」が、あなたを愛してます、あなたと結婚するわ、と言ってくれさえすれば、とたんにまったく新しい「グルーシェニカ」が生れ、そして彼女といっしょに、もはやいかなる悪とも無縁で、善のみをそなえた新しい「ドミートリイ」も誕生するのだと、情熱の炎を燃やしながら、決めてかかっていました。
二人は互いに赦し合い、今度はもうまったく新しく自分たちの生活をはじめるのです。
それなら、「サムソーノフ」はどうするかと言えば、「ドミートリイ」はこの男を、すでに崩れ去った「グルーシェニカ」の過去における、彼女の人生の中での宿命的な人間と見なしていました。
しかし、一度として彼女に愛されたことはなく、さらに肝心なのは彼もまた、すでに終りを告げた《過去の》人であり、したがって今はもうまったく存在しないにひとしいという点です。
そのうえ「ドミートリイ」は、今やこの男を一人の人間とさえ見なすことができませんでした。
なぜなら、町では一人残らずだれもが知っていることですが、この男は病気の廃人にすぎず、「グルーシェニカ」ともいわば父親のような関係を保っているだけで、まるきり以前のような根拠にもとづくものではなく、しかもそれがもうだいぶ以前からの話で、すでに一年近くになるからです。
ここでは、「だいぶ以前からの話」が「一年近く」ということで書かれていますので、だいぶん時間の感覚が早いように思いますが、これが当時の時間感覚なんでしょうか。

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