2018年2月13日火曜日

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いずれにせよ、ここには「ミーチャ」の純真さも多分にありました。

それというのも、数々の欠点があったにもかかわらず、彼はいたって純粋な男だったからです。

ついでに言うなら、まさしくこの純真さゆえに彼は、「サムソーノフ老人」が今や他界の心構えをするにあたって、「グルーシェニカ」との過去に心からの反省を感じているにちがいない、また今の彼女にはもはやこの無害な老人ほど忠実な庇護者はいないのだ、などと本気で信じこんでいたのでした。

「アリョーシャ」と野原で話し合ったあと、「ドミートリイ」はほとんど夜どおしまんじりともしませんでしたが、翌朝十時ごろ、「サムソーノフ」の屋敷にあらわれ、取次ぎを頼みました。

座敷は古く陰気な、やけにだだ広い二階建てで、いくつもの別棟や離れがありました。

下の階には、家族持ちの息子二人と、たいそう年とった「サムソーノフ」の姉と、未婚の娘とが暮していました。

離れには二人の番頭が住んでいましたが、そのうち一人はやはり大勢の家族をかかえていました。

子供たちも番頭たちもそれそれの部屋で窮屈な思いをしているのに、屋敷の二階は老人が一人で占領し、看病役の娘さえ寝起きさせませんでした。

この娘は定められた時間にはもちろん、いつ鳴るかわからぬ呼鈴にさえ、そのつど持病の喘息にもかかわらず、二階に駆けあがらねばならないのです。

この《二階》は数多くの広い豪奢な部屋からなり、不細工な肘掛椅子やマホガニーの椅子が壁際におもしろみのない長い列を作っているほか、カバーをかけたクリスタル・ガラスのシャンデリアや、壁にはめこまれたいかめしげな姿見など、商家の旧習どおりに調度をしつらえてありました。

病気の老人は奥まった小さな寝室の一部屋だけにこもっていましたし、そこではプラトークに髪を包んだ年寄りの女中が身のまわりの世話をし、次の間の長持の上に《侍僕》が控えているだけでしたから、そのほかの部屋はどれも寒々として、人の気配もしませんでした。

プラトークはロシアの民族的な女性用被り物で(293)で説明しました。

《侍僕》とは「じぼく」と読み、貴人のそば近くに仕える男の召使い、目上の人に仕えるしもべ、下僕のことらしいです。

サムソーノフ家の住人をまとめると、2階に主人の「サムソーノフ」と、普段はどこにいるのかわかりませんが彼の身の回りの世話をするプラトークに髪を包んでいる老女中、次の間の長持に上に坐っている侍僕がいます、1階には家族持ちの二人の息子たち、サムソーノフの姉と未婚の娘が住んでいます、そして離れに一人は多くの家族をかかえている番頭、そしてもうひとり番頭が住んでいます。

老人は足がすっかりむくんでいるため、もはやほとんど歩くことができず、時たま革張りの肘掛椅子から起きあがって、年寄りの女中が腕を支え、部屋の中を一、二度歩かせてやるだけでした。

この老婆にたいしてさえ彼は厳格で、ほとんど口をききませんでした。

《大尉》の来訪が取り次がれると、彼は言下に断わるように命じました。

だが、「ミーチャ」はしつこく粘って、もう一度取り次がせました。

「サムソーノフ」は侍僕に、大尉がどんな様子か、酔ってはいないか、あばれているのではないかと、くわしく問いただしました。

そして「しらふですが、帰ろうとなさいませんので」という返事をきいても、老人は再度断わるように命じました。

「ドミートリイ」はこれらすべてを予想し、こんな場合のためにわざわざ紙と鉛筆を持ってきたので、これをきくと紙片に「アグラフェーナ・アレクサンドロヴナ」に密接な関係をもつ、きわめて重要な件で」と、ただ一行はっきりと書いて、老人に届けさせました。


「ドミートリイ」はこういうところは賢いようですね。


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