2018年3月20日火曜日

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玄関に「ミーチャ」を出迎えた召使の少年があとで語ったところによると、彼は金をわしづかみにしたまま玄関に入ってきたというから、つまり、通りをずっとこうやって、右手に握った金を前につきだしたまま走ってきたのでしょう。

札はみんな虹色の百ルーブル紙幣ばかりで、彼はそれを血まみれの指で握っていました。

「ペルホーチン」は後日、その金はどれくらいあったかという関係者の質問に、あのときに目分量で計算するのはむずかしかったが、おそらく二千か三千ルーブルあったかもしれないし、札束は厚い《ずっしりした》ものだったと申し立てました。

これらの文章からもわかるように、やはり彼は「フェーニャ」の家を出てから「ペルホーチン」の家の向かう道のどこかでその「二千か三千ルーブル」を調達したのであって、私はこの先の展開を知っているからこそそのことに気づいているのですが、「札束は厚い《ずっしりした》もの」の《ずっしりした》というのは、これは重要なことでありはじめての読者は後でその意味に気づくと思います。

やはり後日の彼の証言によれば、当の「ドミートリイ」の様子は『まったくわれを失っていたようであるが、酔っていたわけではなく、まるで何かに感激したみたいに、ひどく放心状態だった一方、思いつめていたようでもあって、まるで何事か考えて解決しようと努めながら、解決できないみたいだった。ひどくあせっていて、返事もつっけんどんな、非常にへんてこなものだったし、ときおりはまるきり悲しみにとざされぬばかりか、陽気にさえなったかのようだった』といいます。

「それにしても、どうしたんです、何かあったんですか?」

肝をつぶして客をじろじろ眺めながら、「ペルホーチン」はまた叫びました。

「どうしてそんなに血だらけなんです、ころんだんですか、まあ見てごらんなさい!」

彼は相手の肘をつかんで、鏡の前に立たせました

「ミーチャ」は血を塗りたくったような自分の顔を見て、びくりとふるえ、腹立たしげに眉をひそめました。

「えい、畜生! おまけにこの有様だ」

彼は憎さげにつぶやくと、右手の札束を急いで左手に持ちかえ、気ぜわしげにポケットからハンカチをつまみだしました。

「右手の札束を急いで左手に持ちかえ」とは細かい表現ですね、そして服かズボンかは書かれていませんが、ポケットは当然あるわけです、ということは仮に「フョードル」の部屋から三千ルーブルを取ったとすれば、「フェーニャ」の家に入る前にその三千ルーブルをポケットに入れたことになります、しかし、彼は作者が「右手に握った金を前につきだしたまま走ってきたのでしょう」と書いているように右手に札束を持っていたのですから三千ルーブルを入れたのは右側のポケットだったということになり、服かズボンかはわかりませんが、呆然とした状態の「ドミートリイ」ですのでそのハンカチといっしょに入れていた可能性もあるわけですが、やはり「フョードル」の部屋から三千ルーブルを取ったという考えには無理があるでしょう。

しかし、ハンカチもすっかり血染めになっていることがわかりました(ほかならぬこのハンカチで、グリゴーリイの頭や顔を拭いてやったのである)。白いところはほとんど一個所もなく、しかも血が乾きはじめたなどという段階ではなく、ごわごわに固まって、どうにもひろがろうとしませんでした。

「ドミートリイ」はいまいましげにハンカチを床にたたきつけました。

「えい、畜生! お宅に何かぼろ布はありませんか・・・・拭きとりたいんだけど・・・・」

「じゃ、血で汚れたたけで、怪我はしてないんですね? だったら洗うほうがいいですよ」

「ペルホーチン」は答えました。

「さ、洗面器です、お貸ししましょう」

「洗面器? それはありがたい・・・・ただ、こいつをどこへやりますかね?」

なにやらまったく異様な困惑におちて、彼は百ルーブル紙幣の束を「ペルホーチン」に示し、まるで彼自身の金のしまい場所を相手に決めてもらうのが当然といわんばかりの、もの問いたげな様子で眺めました。

「ポケットにしまいなさいよ、でなけりゃ、このテーブルの上に置くんですね、なくなりゃしませんから」

「ポケット? そう、ポケットがいいな。そいつはいい・・・・いや、あのね、そんなのはどうだっていいんです!」

ふいに放心状態から脱したのように、彼は叫びました。

「あのね、最初に例の件を片づけましょうや、ピストルですよ。あれを返してください、これがお金です・・・・なぜって僕はひどく、ひどく必要なんですよ・・・・それに時間も、時間も全然ないし・・・・」

そして札束からいちばん上の百ルーブル紙幣をとって、官吏にさしだしました。

「でも、お釣りがありませんよ」

相手が注意しました。

「細かいのはないんですか?」

「ないんです」

また札束を眺めやって、「ミーチャ」は言うと、自分の言葉に自信がもてぬかのように、上の二、三枚を指でしらべてみました。

「ないですね、みんな同じだ」

彼は付け加え、またもの問いたげに「ペルホーチン」を見つめました。

「それにしても、どこからこんな大金を手に入れたんです?」

相手はたずねました。

「ペルホーチン」の質問に「ドミートリイ」は全く答えていませんね、しかし「ペルホーチン」は当然彼が犯罪を犯したことに気づいており、何とかしようと対応を考えているのでしょう。

「待ってくださいよ、うちの小僧を一走りプロトニコフの店へやりましょう。あそこは店を閉めるのも遅いから、両替してくれるんじゃないかな。おい、ミーシャ!」


彼は玄関に向って叫びました。


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