2018年3月9日金曜日

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「奥さん」

ついに「ミーチャ」は、無力な祈りに両手を合わせながら、とび起きました。

「奥さんはわたしを泣かすおつもりですか、あんなに寛大に約束してくださったものを、お預けさせられたのでは・・・・」

「お泣きなさい、ドミートリイ・フョードロウィチ、泣くことです! それは美しい感情ですからね・・・・長い旅があなたを待っているのですもの! 涙は心を軽くしてくれますし、いずれお戻りになれば、喜んでいただけますわ。わたくしといっしょに喜んでくださるために、わざわざシベリヤからとんで帰ってくださることでしょう・・・・」

ここまで、会話を続けてきてもまだ両者は完全に違う方向を向いたままですね。

「ホフラコワ夫人」はわかっていてそういう演技をしているのでしょうか、その辺のところはよくわかりませんが、ここまで読んできて、大富豪であり、慈善家であり、相場にも手をつけ、新しい思想にも影響されているらしい彼女はいったいどういう人間なのか、いわゆる一筋縄ではいかない人物なのかもしれませんね。

「しかし、わたしにも話させてください」

突然「ミーチャ」は叫びました。

「最後のおねがいです、聞いてください、約束の金額を今日いただけるのでしょうか? もしだめなら、いったいいつ伺えばよろしいのですか?」

「何の金額ですって、ドミートリイ・フョードロウィチ?」

「約束の三千ルーブルです・・・・あれほど寛大に・・・・」

「三千? それはルーブルで? まあ、どんでもない、三千ルーブルなんて、わたくし持ち合せておりませんもの」

妙に平静なおどろきをこめて、「ホフラコワ夫人」が言いました。

作者は「妙に平静なおどろきをこめて・・・・」と書いていますが、このとぼけ方がなんとなくあやしいですね、実は彼女は「ドミートリイ」のことを全部お見通しですっとぼけているのかもしれません、このわざわざ付け加えた「妙に」という表現はたぶんそういうことなのでしょう。

「ミーチャ」は呆然としました・・・・

「そんな・・・・たった今・・・・おっしゃったでしょうに・・・・その金はポケットに入っているも同然だとまで、おっしゃったじゃありませんか・・・・」

「あら、違いますわ、あなたは誤解なさったのね、ドミートリイ・フョードロウィチ。かりにそうだとしたら、あなたはわたくしの言葉を誤解なさったんですわ。わたくしの申しあげたのは、金鉱のことですもの・・・・そりゃたしかに、わたくし、もっとたくさん、三千ルーブルなぞより測り知れないくらいたくさん約束しましたわね、今何ももも思いだしましたわ、でもわたくしの頭にあったのは金鉱のことだけでしたのよ」

「じゃ、お金は? 三千ルーブルは?」

「ドミートリイ」は愚かしげに叫びました。

「あら、お金のつもりでおっしゃっていたのでしたら、わたくしにはございませんわ。今まるきりお金がないんですの、ドミートリイ・フョードロウィチ、ちょうどわたくしも今、領地の管理人と戦っているところで、わたくし自身この間ミウーソフさんから五百ルーブル拝借したばかりですわ。ええ、とんでもない、お金なんかあるもんですか。それに、よござんすか、ドミートリイ・フョードロウィチ、たとえあったとしても、あなたにはご用立てしないでしょうしね。だいいち、わたくし、どなたにもお金は貸さぬことにしていますのよ。お金を貸せば、争いのもとですもの。それに、あなたには、特にあなたにはご用立てしたくありませんわ。あなたを愛すればこそ、ご用立てしないでしょうよ。あなたを救うためにもね、だってあなたに必要なのは、ただ一つ、金鉱だけですもの。金鉱、金鉱だけですわ!」


この「わたくし自身この間ミウーソフさんから五百ルーブル拝借したばかりですわ」というのは本当なのでしょうか、そして「わたくし、どなたにもお金は貸さぬことにしていますのよ」というのは本当でしょうか、自分は借りているのに貸すことはしないということです、「お金を貸せば、争いのもとですもの」などと言う人はお金を借りたりしないのでないでしょうか。


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