「ええ、畜生め!」
突然「ミーチャ」はわめくなり、拳で力まかせにテーブルを殴りつけました。
短気そのものです、ここで異常な精神状態がレヴェルアップしましたね。
「あ、あれ!」
「ホフラコワ夫人」は怯えきって悲鳴をあげ、客間の向う端までとびすさりました。
「ミーチャ」は唾を吐き棄て、足早に部屋を、家を出て、真っ暗な通りにとびだしました。
彼は狂ったように腕を、二日前の夕方、「アリョーシャ」と暗い通りで最後に会ったときにたたいて見せた、他ならぬ胸のあの場所をたたきながら、歩いていきました。
(252)で「ラキーチン」が「アリョーシャ」に「彼は親父さんだってナイフでぶすりとやるだろう」と語ったようにそこに隠されているのはナイフというように語り手は言っていますね。
胸のこの個所(四字の上に傍点)をたたくことが何を意味し、それによって彼が何を示そうとしていたのか、それは今のところまだ、世界じゅうでだれ一人知らぬ、そしてあのとき「アリョーシャ」にさえ打ち明けなかった秘密でした。
もし、その秘密が「フョードル」を殺害するというものならば、そのことを「アリョーシャ」に打ち分けることは普通に考えればありえませんので、ここでは自殺するということでしょうか。
だが、この秘密には、彼にとって恥辱以上のものが含まれていました。
ここで「恥辱」という言葉が使われているということは、殺害よりは自殺の方が近いようにも思えます、そして「恥辱以上」となっていますので、自殺と殺害の両方の可能性を示唆しているとも思えます。
「カテリーナ」に返済し、それによって胸の《その個所(四字の上に傍点)》から、いつもそこにつけて持ち歩き、そして彼の良心をこれほどしめつけている恥辱を取り除いてしまうための三千ルーブルを、もし手に入れることができなければ、この秘密は破滅と自殺にほかならなくなる、と彼は決心していたのでした。
この文章はわかりにくいですが、結局、彼が精力的に行動しているのは「カテリーナ」に対する、そして自分自身に対する「恥辱」を取り払うための三千ルーブルを調達するためであって、「グルーシェニカ」を手に入れるのはそのあとのことですね。
彼にとっては「グルーシェニカ」を手に入れることが一番の目的であるはずなのですが、今の彼は「恥辱」を取り払うことで頭の中がいっぱいになっています。
普通であれば、まず「グルーシェニカ」を手に入れることに全力をそそぎ、その後で三千ルーブルのことを考えるのではないかと思うのですが、彼の場合はその順番があるのですね。
そして、まず「恥辱」を取り払うこと、それができなければすべてがダメになるということです。
それにしても、胸の《その個所》という表現は、彼の自戒のように象徴的にあらわれてあり、もし「恥辱」を取り払うことができなければ、つまり三千ルーブルを調達できなければ、彼は「破滅」するか「自殺」するかどちらかだと決心していたということです。
これらすべては読者にはのちにすっかり明らかにされますが、今、最後の望みも消え去ったあと、あれほど肉体的に逞しいこの男が、「ホフラコワ夫人」の家から五、六歩はなれたとたん、まるで幼な子のように、ふいに涙をあふれさせて泣きだしたのです。
彼は歩きつづけ、われを忘れて拳で涙をぬぐっていました。
いつの間にか広場に出て、突然、身体ごと何かにもろに突き当ったのを感じました。
危うく突き倒されそうになった老婆が、金切り声の悲鳴をあげました。
「あれ、もう少しで殺すところじゃないのさ? なんだって盲滅法に歩いてるんだい、乱暴者」
「なんだ、あんたか?」
暗がりで老婆をしげしげと眺めて、「ミーチャ」は叫びました。
それは「サムソーノフ」の世話をしている例の年とった女中で、昨日は目ざわりなほど「ドミートリイ」に目についたものでした。
「そういうあなたさまは、いったいどなたです、旦那さま?」
すっかり別人のような声になって老婆が言いました。
「あんたはサムソーノフの家にいる人だね、あの人のところに奉公しているんだろう?」
「はい、さようで、旦那さま。たった今プローホルイチのところへ行ってまいりましたところで・・・・それにしても、いったいどなたさまか見当がつきませんけれど?」
「プローホルイチ」というのは人名だと思うのですが、誰なんでしょうか、たぶんここではじめて出てきたと思いますが。

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