「一つききたいんだけどね、お婆さん、アグラフェーナ・アレクサントロヴナが今お宅に行ってるだろう?」
期待にわれを忘れて、「ミーチャ」は言いました。
「さっき僕が送って行ったんだが」
「はい、旦那さま、お見えになりましたが、しばらくいらして、お帰りになりましたですよ」
「なんだって? 帰った?」
「ミーチャ」は叫びました。
「いつごろ帰った?」
「はい、すぐにお帰りになりましたっけ。うちにはほんのちょっとの間いらしただけでございますよ。大旦那さまに何か一口話をなさって、大笑いさせたあと、走ってお帰りになりました」
ここのところが、まったくおもしろいですね、この婆さんは何も事情を知りませんので正直に喋ってしまいます、「グルーシェニカ」のちゃかりぶりも目に見えるようです。
「嘘をつけ、畜生め!」
「ミーチャ」はわめきたてました。
「ドミートリイ」は何もかもうまく行きませんがこれでトドメをさされたのではないでしょうか、絶望の極みです。
「あれえ!」
老婆が悲鳴をあげましたが、もはや「ミーチャ」は影も形もなく消えていました。
モロゾワの家めざして、一散に走り去ったのです。
それはまさに、「グルーシェニカ」がモークロエに馬車で去り、出発後まだ十五分とたたぬころでした。
「フェーニャ」が祖母にあたる料理女「マトリョーナ」と台所に坐っていたところへ、突然《大尉》がとびこんできました。
その姿を見て、「フェーニャ」はけたたましい悲鳴をあげました。
「わめく気か?」
「ミーチャ」は叫びました。
「あれはどこにいる?」
しかし、恐怖にわれを失っている「フェーニャ」にそのうえ一言も答えさせずに、彼は突然その足もとに倒れ伏しました。
「フェーニャ、おねがいだから教えてくれ、あれはどこだ?」
「旦那さま、わたしは何も存じません、ドミートリイさま、何も知らないんです、何とおっしゃられても、わたしは存じません」
「フェーニャ」はあくまでも白を切りとおしました。
「さっき旦那さまとごいっしょにお出かけになったじゃございませんか・・・・」
「もう帰ってきたはずだ!」
「いえ、お帰りじゃございません、神さまに誓って申します、お帰りになっていません!」
「神さまに誓って」と嘘をついていますが神さまも軽く扱われていますね。
「嘘をつけ」
「ミーチャ」は叫びました。
「お前のその怯え方を見ただけで、あれがどこにいるかわかったわ!」
彼はそのままとびだして行きました。
震えあがっていた「フェーニャ」は、この程度で厄逃れできたのを喜びましたが、彼に暇がなかっただけで、さもなければ災難を免れえなかったにちがいないことは、よくわかっていました。
しかし走り出て行きしなに、やはり彼はまったく思いもかけぬ振舞いによって、「フェーニャ」と「マトリョーナ」婆さんをおどろかせました。
テーブルの上に銅の臼が置いてあり、その中に長さ二十センチほどの小さな銅の杵が入っていました。
「ミーチャ」は走りながら突然その臼から杵をひっつかみ、脇ポケットにねじこむなり、そのまま姿を消したのです。
「まあ、たいへん、人殺しをする気だわ!」
長さ二十センチほどの小さな銅の杵で人殺しができるでしょうか、できなくはないでしょうが、本当に殺意があるとすればもっと有効なものを持ち出すのではないかと思います、作者はもっと大きな銅の杵にして殺意をあきらかにすることもできたでしょうが、ここではあえて「小さな銅の杵」と書いているのですから、読者はどう理解していいのか戸惑います。
「フェーニャ」は両手を打ち合せて叫びました。

0 件のコメント:
コメントを投稿