四 闇の中で
彼はどこへ走ったのか?
わかりきったことです。
『親父のフョードルのところでなくて、どこに行くはずがある? サムソーノフの家からまっすぐ親父のところへ走ったのだ、今やもう明らかだぞ。いっさいの陰謀が、いっさいの欺瞞が、今や明白になったのだ・・・・』
これらすべてが疾風のように頭の中を舞いました。
「マリヤ・コンドラーチエヴナ」の庭へは寄りませんでした。
『あそこへは行かなくてもいい、絶対に必要ないんだ・・・・少しでも騒ぎたてさせてはいけない・・・・すぐに裏切って通報しやがるからな・・・・マリヤ・コンドラーチエヴナは明らかにぐるだし、スメルジャコフだってそうなんだ、やっぱり。みんな買収されてやがる!』
徹底的にしつこく伏線を作っています、次からの文章も伏線だらけで伏線のために文章が書かれているようなものです。
ここまでにもいたるところで、伏線がありましたので、もう誰もがこれかはじまる「ドミートリイ」の犯罪を確実なものとして思い浮かべているでしょう。
彼には別の目論見ができていました。
横町をぬけて「フョードル」の屋敷をぐるりと大きくひとまわりし、ドミートロフスカヤ通りを走りぬけたあと、小橋を渡って、まっすぐ屋敷の裏手にあたる、片側が隣家の野菜畑の生垣、もう一方が「フョードル」の庭にめぐらされた高い頑丈な石塀という、人気一つないひっそりと淋しい路地に入りました。
私にはどうしてもこの場所一帯の地図を思い浮かべることができません。
そこで彼は場所を見定めました。
どうやらそれは、彼の知っている語り伝えによれば、その昔「リザヴェータ・スメルジャーシチャヤ」が乗りこえたのと同じ場所らしいのでした。
『あの女に乗りこえることができたとすりゃ』
なぜかわかりませんが、こんな考えが頭にひらめきました。
『俺に乗りこえられぬはずがあるまい?』
(297)で次のように書かれていました。
身重の彼女がどうやって高い頑丈な塀を乗りこえたのかは、一種の謎として残り、「手を貸す者があったのだ」と言う人もあれば、「なにか目に見えぬ力によって運ばれたのだ」と説く者もありました、そしてしかし、やはり、たとえきわめてむずかしくとも、ごく自然にすべてが行われたのであり、野宿するために生垣をよじのぼってよその菜園にもぐりこむのが得意だった「リザヴェータ」は、「フョードル」の塀になんとか這いあがり、身重にもかかわらず、身体にさわるのを承知で庭にとびおりた、というあたりが、いちばん確かなことでしょう、と。
(292)に書かれているように彼女は《一四〇センチそこそこ》しかない、非常に小柄な娘だったとのことでしたから「ドミートリイ」にできないはずはありません。
そして事実、とび上がって、一瞬のうちに片手でみごとに塀の上部につかまったあと、エネルギッシュに身を持ち上げて一息によじのぼり、塀にまたがりました。
すぐ近くの庭に蒸風呂の小屋がありましたが、塀の上からは灯りをともした母屋の窓も見えました。
(292)では「リザヴェータ・スメルジャーシチャヤ」が赤ん坊を産みおとしたのは、庭の木戸の近くに風呂場と書かれていますが、この「蒸風呂の小屋」のことだと思います、いわゆるサウナルームですね。
『やっぱりそうだ。親父の寝室に灯りがついている。彼女が来てるんだ!』
彼は塀から庭へとびおりました。
「グリゴーリイ」は病気だし、ことによると「スメルジャコフ」も本当に病気かもしれませんから、だれも物音をききつける者はいないはずだと承知してはいたものの、彼は本能的に身をひそめ、その場に凍りついたまま、耳をすませにかかりました。
書かれていませんが「マルファ」はどうしているのでしょうか。
だが、あたり一帯、死のような沈黙と、まるで誂えたような完全な静寂がたちこめ、少しの風もありませんでした。
『ささやくものは、静寂ばかり』
なぜかこんな詩の一節が頭にひらめきました。
出典は何でしょうか。
『塀を乗りこえたのを、だれかに聞きつけられなけりゃいいんだが。大丈夫らしいな』
しばらくたたずんでいたあと、彼は庭の草の上をそっと歩きはじめました。
木立ちや茂みを迂回し、一歩一歩を忍ばせ、一歩一歩に自分の耳をそばだてながら、長い時間をかけて歩きました。
五分ほどで灯りのともっている窓に行きつきました。

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