窓のすぐ下に、こんもり茂った、大きな背の高いニワトコとスイカズラの茂みがいくつかあるのを、彼はおぼえていました。
「ニワトコ」は「スイカズラ科ニワトコ属の落葉低木または小高木。ニワトコ属は、新しいAPG植物分類体系ではレンプクソウ科に移されている」、「スイカズラ」は「スイカズラ科スイカズラ属の常緑つる性木本。別名、ニンドウ(忍冬)。冬場を耐え忍ぶ事からこの名がついた」とのこと(下の絵は左からそれぞれ「ニワトコ」と「スイカズラ」)
正面左手にある、屋敷から庭への戸口はぴったり閉っていました。
彼は通りしなにそれをことさら念入りに見きわめておきました。
やっと、茂みにたどりつき、そのかげに身をひそめました。
息ができませんでした。
『今度は少し待たなければ』
彼は思いました。
『もし俺の足音をききつけて、耳をすましているとしたら、疑念を解かなけりゃいけないからな・・・・ただ、咳やくしゃみをしないようにすることだ・・・・』
二分ほど待っていましたが、胸の動悸が恐ろしいほどで、時々はほとんど息がつまりそうになりました。
『だめだ、動悸がおさまりそうもない』
彼は思いました。
『これ以上待てないぞ』
彼は茂みのかげの暗がりに立っていました。
茂みの前半分は窓からの光に照らされていました。
『スイカズラの実、なんてきれいな赤だ!』
なぜかわかりませんが、彼はささやきました。
足音をたてずに一歩ずつ踏みしめながら、そっと窓に忍びよって、爪立ちしてみました。
「フョードル」の寝室全体が、手にとるように目の前にうかびあがりました。
「フョードル」のいわゆる《支那の》赤い屏風で横に二つに仕切られた、小さな部屋でした。
『支那の屏風か』
「ミーチャ」の頭にこんな思いがちらとうかびました。
『あの屏風のかげにグルーシェニカがいるんだ』
彼は「フョードル」を観察しはじめました。
「フョードル」は、「ミーチャ」がついぞ見たことのない、縞柄の新しい絹のガウンに、房飾りのついた絹の細帯をしめていました。
ガウンの襟の下から、こざっぱりとしたハイカラなシャツがのぞいていました。
金のカフスをつけた、薄地のオランダ製のシャツでした。
「フョードル」の頭には、昨日「アリョーシャ」の見た、赤い包帯が巻かれていました。
『めかしこみやがって』
「ミーチャ」は思いました。
「フョードル」は物思いにふけっている様子で窓のそばにたたずみ、ふいに頭をあげて、ほんのちょっと耳をすましましたが、何もきこえなかったため、テーブルのところに戻り、ガラス壜からグラスに半分ほどコニャックをついで、飲み干しました。
そのあと胸いっぱいに息を吐き、またしばらくたたずんでから、壁にはめこまれた鏡のところへ放心したように歩みより、額から赤い包帯を軽く持ち上げて、まだ癒らぬ痣や傷をしげしげと眺めにかかりました。
『一人だな』
「ミーチャ」は思いました。
『どう見ても、親父一人だ』
「フョードル」は鏡から離れると、突然、窓の方をふりかえって、外を眺めました。
「ミーチャ」はとたんに暗がりにとびすさりました。

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