ポーランド人はじっと彼を、彼の札束を見つめ、「グルーシェニカ」を眺めて、明らかに思い迷っていました。
「もしわたしのクルレーワ、許してくださるなら・・・・」
彼は言いだしかけました。
このあとポーランド人は何を言おうとしたのでしょう、「グルーシェニカ」にさえぎられてわかりませんが、「じっと彼を、彼の札束を見つめ」と書かれていますからお金に目が眩んで何かを考えたのでしょう。
「クルレーワって何のこと、女王さま(コロレーワ)のことなの?」
ふいに「グルーシェニカ」がさえぎりました。
「あなたの話すのをきいてると、こっけいだわ。お坐りなさいよ、ミーチャ、何を言っているの? 脅さないでちょうだいね。脅さないでしょう、脅さないわよね? 脅さないんだったら、あたしは大歓迎よ・・・・」
「僕が、脅す?」
突然「ミーチャ」は両手を上にあげて叫びました。
「ああ、素通りするといい、通りすぎてゆくといい、僕は邪魔しないから!」
そして突然、だれにとっても、そしてもちろん彼自身にとってもまったく思いがけなく、椅子に倒れこむなり、反対側の壁に頭を向け、両手で椅子の背をまるで抱くように強くかかえて、おいおいと泣きだしました。
「ドミートリイ」はこの場においても完全に自分自身の世界に入ってしまっていて、全く常識的な態度を保つことができないのですね。
「ほらほら、これなんだから、なんて人なの!」
「グルーシェニカ」が非難するように叫びました。
「あたしのところへ来るときも、いつもこうだったわ。いきなりしゃべりだすんだけど、あたしには何一つわからないの。一度こんなふうに泣きだしたことがあったわね、今が二度目、恥ずかしくないの! どうして泣いたりするの? 何かわけでもあるの(九字の上に傍点)?」
ふいに彼女は謎めかしく、何か苛立ちをこめて一語一語を強調しながら、言い添えました。
何か小さな子供をあやす母親のようですね。
「僕は・・・・僕は泣いたりしないさ・・・・ほら、こんばんは!」
彼はとっさに椅子の上で向き直り、だしぬけに笑いだしましたが、それは日ごろのぶっきらぼうな発作的な笑いではなく、何か声のきこえぬ、長い、神経のたかぶった、ふるえる笑いでした。
「ほら、今度はまた・・・・さ、陽気になさいよ、陽気にね!」
「グルーシェニカ」が言い含めるように言いました。
「あなたが来てくれてとっても嬉しいわ。とても嬉しいのよ、ミーチャ。きこえてるの、あたしはとても嬉しいの。この人にはここにいっしょにいてほしいわ」
この言葉は明らかにソファに坐っている男に向けられたものだったにもかかわらず、彼女はみんなに語りかけるかのように、有無を言わさぬ口調で言いました。
「そうしてほしいわ、あたし! もしこの人が帰るんなら、あたしも帰る。それだけの話よ!」
「ドミートリイ」はここまで「グルーシェニカ」に言ってもらえてどんな気持ちでしょうか。
ふいに燃えるような目をして、彼女は付け加えました。
「女王さまのおっしゃること、法律です!」
「グルーシェニカ」の手にいんぎんにキスして、ポーランド人が言いました。
「どうぞ仲間にお入りください!」
彼は愛想よく「ミーチャ」に声をかけました。
「ミーチャ」はどうやらまた長広舌をふるうつもりらしく、勢いよく立ちあがりかけましたが、まるきり違う結果になりました。
「飲みましょう、みなさん!」
演説の代りに、彼はこれだけで言葉をきりました。
みんながどっと笑いました。
「まあ! またしゃべるつもりかと思ってたのに!」
「グルーシェニカ」が神経のたかぶった声で叫びました。
「いいこと、ミーチャ」
彼女は噛んで含めるように言い添えました。
「これからはもう、とびあがったりしないのよ。でもシャンパンを持ってきてくれたのは、大手柄だわ。あたしも飲むわ。果実酒なんて、とても我慢できないもの。何よりいいのは、あなたが駆けつけてくれたことよ、でないと退屈でもう・・・・あなた、また豪遊しに来たってわけ? さあ、お金をポケットにしまいなさいな! どこからそんな大金を手に入れたの?」
当時のシャンパンと果実酒=ワインの関係はそれほどまでも違っていたのでしょうか、「ドミートリイ」結局シャンパンを三ダース用意しています。

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