「ミーチャ」は相変らず札を片手に握りしめて、みんなの、特にポーランド人たちの注意をひきつけていましたが、照れくさそうに急いでポケットに突っこみました。
彼は赤くなりました。
ちょうどその瞬間、主人が栓をぬいたシャンパンの壜と、グラスを盆にのせて運んできました。
「ミーチャ」は壜をつかもうとしかけましたが、すっかり度を失っていましたので、それをどうすればよいのか忘れてしまいました。
彼から今度は「カルガーノフ」が壜を取って、彼の代りについでまわりました。
「もう一本だ、もう一本持ってこい!」
「ミーチャ」は主人にどなると、さっき親睦の酒を飲もうとあれほどまじめくさって誘ったポーランド人とグラスを合わせるのも忘れ、だれのことも待たずに、いきなり一人でグラスをすっかり空けてしまいました。
「ドミートリイ」は相当気が動転していますね。
顔全体がふいにすっかり変りました。
入ってきたときの荘重な悲劇的な表情にかわって、何か子供のような表情があらわれました。
突然すっかりおとなしくなり、小さくなってしまったかのようでした。
わるいことをした子犬が、また家に入れてもらい、かわいがってもらったときのような感謝にみちた様子で、のべつ神経質な笑い声をたてながら、嬉しそうにおずおずとみんなを眺めていました。
とうとう犬に例えられていますが、何となくわかりやすいですね。
まるで何もかも忘れたみたいに、子供のように笑みをうかべながら、感嘆の目でみなを見まわすのでした。
ひっきりなしに笑いながら、「グルーシェニカ」を見つめ、自分の椅子を彼女の肘掛椅子にぴったり接するくらい引き寄せました。
まだ相手をろくに理解していなかったとはいえ、少しずつ二人のポーランド人の見分けもついてきました。
ソファにすわっているポーランド人は、その堂々とした貫禄と、ポーランドなまりのアクセントと、そして何よりもパイプとで、彼をおどろかせました。
『いったい何の真似だろう、しかしパイプをくゆらすとは立派なもんだ』-「ミーチャ」は観察しました。
いくらか皮膚のたるんだ、ほとんどもう四十近い、鼻のひどく小さなポーランド人の顔も、鼻の下に見える細く尖った、厚かましげな、色を染めた口ひげも、今のところ「ドミートリイ」の心にいささかの疑問もよび起こしませんでした。
鬢の毛を愚かしげに前にとかしつけた、シベリヤ製の、ひどくやくざなかつらさえ、特に「ミーチャ」をおどろかせませんでした。
そのポーランド人は、口ひげを染めており、かつらなのですね、当時のかつらは今と違ってすぐにそれとわかるものだったのでしょう、それにしても外から見てすぐわかるような染めた口ひげというのはわけがわかりません、髪の色と違った明らかに染めたとわかるような色なんでしょうか。
『かつらである以上、つまり、こうでなけりゃいかんのだろう』
幸福そうな様子で彼は観察をつづけました。
「ドミートリイ」は犬にたとえられていましたが、このときは見て感じることが完全に子供の感受性になってしまっています、自分自身の穴の中に入り込んでまるで目だけの存在になったようにすべてを疑問なく受け入れながら何の先入観もなく外の世界を受け入れ観察していますね。
もう一人の、壁際に坐っているポーランド人は、ソファの男よりも若く、喧嘩を売るような小生意気な態度で一同を眺め、無言の軽蔑をこめてみなの話をきいていましたが、この男もやはり、ソファに坐っているポーランド人とはおそろしいほど釣り合わぬ、度はずれの長身という点だけで、「ミーチャ」を感心させました。
『立ちあがったら、二メートルはあるだろうな』-ちらとこんな思いが「ミーチャ」の頭にうかびました。
さらにまた、この大男はおそらくソファの紳士の友人であり、《ボディガード》格の子分にちがいないし、パイプをくわえた小柄な紳士はもちろんこの大男に命令を下す身分なのだろう、という考えもひらめきました。
しかし、それらもすべて「ミーチャ」には、おそろしく立派な、議論の余地ないものに思われました。
小さな子犬の胸の中で、いっさいのライバル意識は消えてしまったのでした。
とうとう「ドミートリイ」は子犬になったようですね。
「グルーシェニカ」の様子や、彼女のいくつかの言葉の謎めいた調子にも、彼はまだ何も理解できませんでした。
心をふるわせながら、彼がやっと理解できたのは、彼女がやさしくしてくれ、自分を《赦して》隣に坐らせてくれたことだけでした。
彼女がグラスの酒を一息に干すのを見て、彼は感激にわれを忘れました。
それでも、一同の沈黙がふいに彼をぎくりとさせたかのようで、彼は何かを期待する眼差しでみなを見まわしはじめました。
『それにしても、僕らはなんだってぽかんと坐ってるんです、そうして何もはじめようとしないんですか、みなさん?』
笑みをたたえたその眼差しはこう語っているかのようでした。

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