「ミーチャ」はふいに背後から彼の肩をつかみました。
「お前は馭者だろう? 馭者だろうが?」
この「ドミートリイ」の話の持って行き方は、随分遠いところへ落としていますね、「アンドレイ」の聞きたいところへ合流するには、かなり回り道しなければなりませんが「ドミートリイ」にはその気はないようです。
彼は狂ったように叫びだしました。
「馭者ですが・・・・」
「だったら、道を譲らにゃならんてことを知ってるはずだ。馭者だから、だれにも道を譲らなくていい、俺さまのお通りだ、轢き殺すぞ、で通ると思ってるのか! そうじゃあるまい、馭者は人を轢いちゃいかん! 人を轢いてはならんし、人の生活を台なしにしてもいけないんだ。もし人の生活を台なしにしたら、自分を罰することだ・・・・人の生活を台なしにしたり、命を奪ったりしたら、自分を罰して、消え去らにゃいけないんだぞ」
これらすべてが、完全なヒステリーに陥ったかのように、「ミーチャ」の口からほとばしりました。
「アンドレイ」は旦那の様子にびっくりはしたものの、とにかく会話をつづけました。
「それは本当でございますね、ドミートリイの旦那、確かにおっしゃるとおりでさ。人を轢き殺しちゃいけねえし、苦しめるのだっていけませんや。そりゃ、どんな生き物でも同じことでさね。なぜって生き物はすべて、神さまのお創りになったものですからね。早い話、この馬にしてもそうでさ。あっしら馭者仲間でも、むやみと馬をひっぱたくやつもいますよ・・・・我慢てことを知らないから、かっとなったら最後、そのまま突っ走るんでさ」
「地獄へか?」
突然「ミーチャ」が半畳を入れ、日ごろのように唐突な短い笑い声をたてました。
「アンドレイ、お前は純朴な男だな」
彼はまた馭者の肩を強くつかみました。
「どうだ、お前の考えだと、このドミートリイ・カラマーゾフは地獄へ落ちるかい、それとも落ちないかね?」
「あっしにゃわかりませんですね。そいつは旦那しだいでさあ。なぜって旦那はこの町じゃ・・・・いえね、旦那、その昔、神の子イエスが十字架にはりつけにされて亡くなったあと、イエスは十字架から降りたその足でまっすぐ地獄に行って、苦しんでいる罪びとたちを全部解放してやったんだそうです。だもんで地獄は、もう今後は一人も罪びとが来ないだろうと思って、呻きはじめたんでさ。そこで主は地獄にこう言ったんですと。『呻くでない、地獄よ、これからも偉い人たちや、政治家や、裁判官や、金持がどんどんやってくるだろうし、今後わたしが訪ねるまでには、永遠の昔からそうであったように、ここもまたいっぱいになっているだろうから』たしかにそのとおりでさあ、この言葉は実になんとも・・・・」
(733)で「アンドレイも話し好きな百姓ではありま」したとあるように、かなりおしゃべりですね。
石川五右衛門の辞世の句に「石川や 浜の真砂は 尽きるとも 世に盗人の 種は尽きまじ」がありますがこれと同じですね、「偉い人たちや、政治家や、裁判官や、金持」も盗人と同じかもしれません。
「民間の伝説だな、傑作だ! さ、左の副馬に鞭をあてろ、アンドレイ!」
「地獄ってのはそういう連中のためにあるんでさあ、旦那」
「アンドレイ」は左の副馬に一鞭くれました。
「ところが旦那は、がんぜない子供と同じですからね・・・・あっしらはそう見てるんでさ・・・・そりゃ、たしかに旦那は怒りっぽいにちがいないけれど、でも旦那の正直さに免じて神さまが赦してくださいますとも」
「アンドレイ」は「ドミートリイ」を「がんぜない子供と同じ」と言っています。
「がんぜない【頑是無い】」とは、①幼くてまだ物事の是非・善悪がわからない。幼くてききわけがない ②あどけなく無邪気なこととのことです、「がんぜない子供」とは一歩間違えば侮辱していると思われかねない発言だと思いますが「アンドレイ」は自分だけがそう思っているのではなく「あっしら」と付け足すところなどなかなかの話し上手ですね。

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