「かりに何らかの差があるとしても、ですね」
検事が冷たい笑いをうかべました。
「それにしても、あなたがその点にそれほど決定的な相違を見ておられるのは、やはりふしぎですね」
「そう、決定的な相違を見るんですよ! 卑劣漢にはだれだってなれるし、現にどんな人間だって卑劣漢かもしれない。しかし、泥棒にはだれもがなれるわけじゃなく、最低の卑劣漢だけがなるんです。この微妙な点はうまく言えませんがね・・・・ただ、泥棒ってのは卑劣漢より、さらに卑劣ですよ、これが僕の信念なんです。いいですか、僕はまるひと月もその金を身につけて持ち歩いていて、明日にも返す決心をすることができる。そうすりゃもう僕は卑劣漢じゃない。それなのに、どうにも決心がつかないんだ。こういうわけですよ。毎日、決心しそうになり、毎日『早く決心しろ、卑劣漢め、決心するんだ』と自分をせきたてながら、まるひと月も決心をつけられずにいるんです、そうなんですよ! どうです、立派でしょう、あなた方のお考えじゃ、立派なことですか?」
「卑劣漢」という言葉がよく出てきますが、今はあまり使われない言葉ですね、ネットの辞書で意味を調べてみました、「卑劣漢」とは「低劣な人間を表す言葉」だそうで、類語としては「クズ野郎 ・ 男の風上にもおけない人間 ・ クズ ・ ゲス ・ クズ人間 ・ 下衆の極み ・ 下衆 ・ 下種な男 ・ 性根の腐った奴 ・ クズヤロー ・ ゴミ ・ ゴキブリ ・ ウジ虫 ・ 社会の癌 ・ DQN ・ 卑劣漢 ・ 人間のクズ ・ クズのような人間 ・ 愚劣の極み ・ 下品な男 ・ 下賎な男 ・ ゲス野郎 ・ 人の風上にも置けないヤツ ・ 人間の屑 ・ 最低の人間 ・ 卑劣な野郎 ・ 蛆虫 ・ ウジ虫野郎 ・ 蛆虫野郎」と気分が悪くなりそうな単語ばかりです、この「卑劣漢」という言葉は亀山郁夫訳では「卑怯者」となっています。
「ドミートリイ」は「泥棒ってのは卑劣漢より、さらに卑劣ですよ、これが僕の信念」だと言っています、ロシア語ではどうなっているのかわかりませんが、ここで「卑劣」というのは、「ずるい」ということ、「泥棒」というのは文字通り「盗むこと」つまり犯罪であるということかもしれません、また、「卑劣」というのは「現にどんな人間だって卑劣漢かもしれない」と彼が言っているように、誰でも程度の差はあるが「卑劣」性は持っているのかもしれません、そして「泥棒」というのは、彼が「泥棒にはだれもがなれるわけじゃなく」と言っているように、「卑劣」とは全く違うことです、「卑劣」は程度の差で計れますが、「泥棒」は程度の差は関係なく、どんな小さいことでもやってしまえばそれは完全に「泥棒」なのです、そこにな大きな違いがあります、ただ彼は「卑劣」と「泥棒」にこのような質的な差異を認めながらも、「最低の卑劣漢だけが泥棒になる」とも言っているように、そこに一連性があるとも言っていますね、これは「泥棒」の属性の中に多くの「卑劣」が含まれているということでしょう。
「まあ、あまり立派なことではないとしても、わたしはよくわかりますし、その点では異議はありませんね」
検事が控え目に言いました。
「それに概して、そういう微妙な点や相違についての議論はいっさいあとまわしにして、お差支えなければまた本題に移っていただけませんか。要するに、いったい何のために最初その三千ルーブルを二つに分けられたのか、つまり半分は使ってしまい、あとの半分をしまっておかれたのかを、われわれがおたずねしたのに、まだご説明いただいてないものですからね。いったい何のためにしまっておかれたんですか、ドミートリイ・フョードロウィチ」
「おお、本当にそうでしたね!」
自分の額をたたいて、「ミーチャ」は叫びました。
「すみません、あなた方をいらいらさせるだけで、いちばん肝心の点を説明しないなんて。さもなければ、すぐにわかっていただけたはずなのに。なぜならその目的に、まさに目的に恥辱があるんですから! 実は、これもみな、死んだ親父のせいなんです。親父はかねてグルーシェニカに言い寄っていたし、僕は嫉妬して、そのころは彼女が僕と親父の間で迷っているのだと思っていました。そして、ふいに彼女が決心したら、もし僕を苦しめるのに疲れて、だしぬけに『あたしが愛しているのはお父さんじゃなく、あなたよ。世界の果てへ連れて行って』と言ったら、どうしようと、毎日そんなことばかり考えていたんです。僕には二十カペイカ銀貨がたった二枚しかない、駈落ちする金はどうしようか、そうなったらどうすればいいだろう、何もかも終りだ。僕はそのころ彼女の人柄を知らなかったし、理解していなかったもんだから、彼女に必要なのは金だ、彼女は僕の貧乏を許してはくれまい、と思っていました。そこで、悪賢く三千ルーブルのうち半分を取りわけて、いとも冷静に針で縫いこんだんです。打算があって縫いこんだわけです。縫いこんだのは飲みに行く前のことで、もうちゃんと縫いこんでしまったあと、残りの半分で飲みに繰りだしたんですよ! そう、これは卑劣な行為だ! これでわかったでしょう?」
千五百ルーブルは、もしもの場合にとっておいたのですね、たしかにこれは「卑劣」というしかないでしょう。

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