検事が大声で笑いだし、予審調査官も笑いました。
「わたしに言わせれば、ご自分を抑えて、全部使ってしまわなかったのは、むしろ分別のある、道義的なことだと思いますがね」
「ネリュードフ」が含み笑いして言いました。
「だってべつにそれほどのことはないじゃありませんか?」
「しかし、盗んだんですからね、そうでしょうが! ああ、あなた方の無理解には、そら恐ろしくなりますね! その千五百ルーブルを縫いこんだ袋を胸にさげて持ち歩いている間ずっと、僕は毎日、毎時間、『お前は泥棒だ、お前は泥棒だ!』と自分に言いつづけてきたんです。このひと月僕が荒れていたのも、レストランで喧嘩したのも、親父を殴ったのも、みんな、自分は泥棒だと感じていたからなんだ! この千五百ルーブルの件は、弟のアリョーシャにさえ打ち明ける決心がつかなかったし、その勇気がありませんでした。それほどまで、自分を卑劣漢のこそ泥と感じていたんです! でも、きいてください、その金を身につけていた間、同時に一方では毎日、毎時間、『いや、ドミートリイ、ひょっとすると、お前はまだ泥棒じゃないかもしれないぞ』と自分に言っていましたよ。なぜだと思います? ほかでもない、明日にも行って、その千五百ルーブルをカテリーナに返すことができるからですよ。それなのに昨日、フェーニャのところからペルホーチンの家へ行く途中、僕はその袋を頸から引きちぎる決心をしたんです。その瞬間まで決心がつきかねていたのに、ひきちぎったとたん、その瞬間に僕はもう、決定的な文句なしの泥棒に、一生涯、泥棒に、恥知らずな人間になってしまったんです。なぜだと思います? なぜって、カーチャのところへ行って『僕は卑劣漢だけれど、泥棒じゃない』と言う夢まで、袋といっしょに引き裂いてしまったからですよ! 今度はわかったでしょう、わかりましたか!」
「レストランで喧嘩した」というのは、「スネギリョフ」の一件でしょうか。
「ドミートリイ」にとって、胸に下げた千五百ルーブルの袋は、自分は泥棒だという気持ちとそうじゃないという正反対の気持ちをおこさせるものだったのですね、また、「昨日、フェーニャのところからペルホーチンの家へ行く途中、僕はその袋を頸から引きちぎる決心をした」と言っていますがそんなことは書かれていませんでした、あらためて(717)のところを見ると「その手はどうなさったんですか、ドミートリイさま、血まみれで!」「うん」「ミーチャ」は機械的に答えて、ぼんやり両手を眺めたが、すぐに手のことも、「フェーニャ」の質問も忘れました。彼はまた沈黙にふけりました。駆けこんできたときから、すでに二十分ほどたっていました。先ほどの驚愕は消えましたが、どうやら、今度はもう何か新たな不屈の決意がすっかり彼を捉えたようでした。彼はだしぬけに席を立つと、考え深げに微笑しました。この「何か新たな不屈の決意」というのが、袋を引きちぎる決意だったことがわかります、そして(718)で「ここで文無しであったはずの「ドミートリイ」が、突然札束を持っているのですが、これは「フョードル」が「グルーシェニカ」のために用意した三千ルーブルを奪ったとしか考えられませんね、しかし、今右手でわしづかみにしている札束は、少なくとも先ほど「フェーニャ」たちのところにいる時はまだわしづかみにしているわけではありません、仮に「フョードル」のところで札束を手に入れ、わしづかみにしていれば、「フェーニャ」たちの家の手前でわしづかみにした札束をポケットにしまいこんだことになるのですが、このような呆然とした状態の「ドミートリイ」がそのような面倒なことをするとは思えません、ということは「ペルホーチン」に家に行く途中でわしづかみにしたということになります。」と書いたのですが、「フェーニャ」の家を出てきっかり十分後、八時半に「ペルホーチン」の家に行っていますので、この十分間に袋を引きちぎったのですね。
「なぜ、ほかでもない昨夜、そう決心なさったんです?」
「ネリュードフ」がさえぎろうとしかけました。
「なぜですって? こっけいな質問ですね。なぜって、朝の五時に死のうと決めたからですよ。夜明けにここでね。『どうせ死ぬんなら、卑劣漢だろうと、高潔な人間だろうと、同じことじゃないか!』と思ったんです。ところが、とんでもない、同じじゃないってことがわかりましたよ! 信じていただけないかもしれませんがね、みなさん、この一晩何よりも僕を苦しめたのは、あの老僕を殺したことでもなければ、シベリヤの脅威が、しかもせっかく僕の恋が成就してふたたび青空がひらけた矢先に、シベリヤの脅威が迫っているということでもない! そう、それも苦しかったにはちがいないけれど、それほどじゃなかった。つまり、自分がとうとうこの呪わしい金を胸から引きちぎって、使ってしまった、従って今やもう僕は決定的な泥棒なのだという、呪わしい自覚にくらべれば、それほどじゃありませんでしたよ! そう、みなさん、僕は心からの思いをこめてくりかえしますが、この一夜にずいぶん多くのことを知りました! 卑劣漢では生きていけないばかりか、卑劣漢では死ぬこともできないのを、僕は知ったんです・・・・そう、みなさん、心清く死ななければいけないんですよ!」
「ドミートリイ」の「卑劣漢では生きていけないばかりか、卑劣漢では死ぬこともできない」という言葉は印象的です、しかし彼が自殺をしなかったのは別の理由からですのでこの説明では説得力がありません、「みなさん、心清く死ななければいけないんですよ!」というのは心清く生きなければならないという著者のメッセージかもしれませんが。
ここで亀山郁夫訳では、「卑劣漢」ではなく「卑怯者」になっていますのでこの部分は「・・・・卑怯者のまま生きることが不可能なだけじゃなく、卑怯者のまま死ぬことも不可能なんだってことを・・・・いいえ、みなさん、死ぬときは誠実でなくちゃいけない!・・・・」となっています、「卑怯者のまま死ぬこと」が不可能とはちょっとハードルが高すぎるのではないでしょうか。

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