2018年10月18日木曜日

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四 讃歌と秘密

「アリョーシャ」が刑務所の門のベルを鳴らしたときは、もうすっかり遅かったのです(それに十一月の昼は短いのである)。

夕闇さえおりはじめていました。

しかし「アリョーシャ」は、自分が何の妨げもなく「ミーチャ」のところへ通してもらえることを知っていました。

これはみな、この町でも、どこでも同じことでした。

もちろん、予審の終った当初は、親戚やその他の人々が「ミーチャ」と面会するにも、やはりいくつか必要な手続きが設けられていたのですが、その後、手続きがゆるめられたとまではゆかぬにせよ、少なくとも「ミーチャ」に面会にくる何人かの者には、ひとりでにある種の例外ができてきたのです。

ときによると、所定の部屋での未決囚との面会も、ほとんど立会いなしで行われるようにさえなっていました。

もっとも、そういう人間はごく少数で、「グルーシェニカ」と、「アリョーシャ」と、それに「ラキーチン」だけでした。

ふたりは納得できるのですが、「ラキーチン」はどうして面会に来るのでしょうか、これは『人の噂』紙などの雑誌に記事を書くための面会なのでしょうか。

しかし、「グルーシェニカ」に対しては、当の郡警察署長「ミハイル・マカーロウィチ」が、非常に好意的でした。

モークロエで彼女をどなりつけたことを、この老人はずっと気にしていたのです。

その後、本質を知るにおよんで、署長は彼女に対する考えをすっかり改めました。

しかも奇妙なことに、「ミーチャ」の犯行を固く信じてはいたものの、拘置以来しだいに彼に対する見方が和らいできていました。

『おそらく善良な心の持主なのだろうが、酒と乱行とで、スウェーデン人みたいに身を持ち崩してしまったんだ』

「スウェーデン人みたいに」とは、乱暴なバイキングからの連想でしょうか。

彼の心の中で以前の恐怖は一種の憐れみに変わりました。

また、「アリョーシャ」に関して言うなら、署長はこの青年が大好きで、もうずっと昔からの知人でしたし、最近いやに足しげく面会にくるようになった「ラキーチン」は、当人のよび方に従えば《署長令嬢》たちのごく親しい知人の一人で、毎日のように署長の家に入りびたっているのでした。

それに彼は、職務に厳格とはいえお人好しの老人である刑務所長の家で、家庭教師もしていたのです。

「刑務所長」はここではじめての登場でしょうか。

「アリョーシャ」もやはり、刑務所長とは特別な古い知人で、所長は彼を相手に概して《高邁な事柄》を談ずるのを好んでいました。

これがたとえば「イワン」だと、所長自身も、もちろん《自分の頭で到達した》とはいえ、たいそうな哲学者だったにもかかわらず、「イワン」の見解に一目おく、というより畏怖してさえいました。

しかし、「アリョーシャ」に対しては、なにか抑えきれぬ共感をいだいていました。

ここ一年、老人はちょうど経典聖書に取りくんでいたので、のべつ自分の感想をこの若い友人に伝えるのでした。

「経典聖書」とは、新約旧約の聖書のことでしょうか、調べてみましたが「経典外聖書」という項目があったのでそちらの方がわかりやすく書かれていますので転記します。

「経典外聖書」とは、「経外典あるいは単に外典ともいう。聖書正典 Canonに対する名称。旧約についていえば,正典表にはアレクサンドリア起源のものとパレスチナ起源のものと2種あり,前者は後者の含まない書をも含んでいるのでより長くなっている。カトリック教会および東方教会は前者を採用したが,後者に含まれていないものは,第2聖典として一応区別した。したがって現在カトリック教会の用いるラテン語訳には 13の外典つまり第2正典が含まれている。カトリックでは 1546年のトリエントの会議でアポクリファを正典に加えることを決議したが,一方プロテスタントでは 1618年のドルトの会議,43年のウェストミンスターの会議で反対の決議がなされた。 Apocryphaという語を初めて用いたのは初代教父オリゲネスといわれるが,現在の意味で正典と旧約外典を厳密に区別し,後者 libri ecclesiasticiに Apocryphaと命名したのはヒエロニムスである。新約外典について,Apocryphaと名づけたのはアタナシウスであり,アタナシウスは現行 27書を正典とし,ほかの文書を異端の虚構として排した。しかし外典が,旧約,新約いずれにしてもその時代の歴史的環境や宗教思想,さまざまな問題を知るための重要な文献であることは疑いない。旧約外典には,『第1,第2マカベア書』『第1エズラ書』『集会書』『ベン・シラの知恵』『ソロモンの知恵』など,また新約には,多数の福音書,使徒行伝,書簡,黙示録,詩歌が含まれている。」とのことですが、全然わかりやすくはないですね。

前には修道院に「アリョーシャ」を訪ねて、彼や司祭修道士たちと何時間もぶっつづけに語り合ったこともありました。

こんなわけで、一口で言うなら「アリョーシャ」は、たとえ刑務所の面会時間に遅れても、所長に頼みこみさえすれば、いつも万事うまくゆくのでした。

おまけに、刑務所ではいちばん下っ端の門衛にいたるまで、みなが「アリョーシャ」と顔馴染みになっていました。

看守も、上司の許可さえあれば、もちろん意地わるをしませんでした。

「ミーチャ」は、よびだしを受けると、いつも自分の房から面会に定められた場所におりてきました。

部屋に入るなり、「アリョーシャ」は、ちょうど「ミーチャ」のところから引き上げようとしていた「ラキーチン」と、ばったり出くわしました。

二人とも大声で話していました。

「ミーチャ」は彼を見送りながら、何やら大声で笑っており、「ラキーチン」はぶつくさ文句を言っているようでした。

「ラキーチン」は最近特に「アリョーシャ」と顔を合わせるのを好まず、ほとんど口もききませんでしたし、挨拶まで肩肘怒らせた感じでした。

これは、彼が(919)~(921)にあるように「ホフラコワ夫人」をめぐる「ラキーチン」と「ペルホーチン」のことを「アリョーシャ」が知っていると思っているからでしょう、彼はおそらく『人の噂』紙に「ホフラコワ夫人」を卑しめる記事を書いていますから、そんなことでちゃんと顔を合わせられないのだと思います。

今も、入ってきた「アリョーシャ」に気づくと、ひときわ眉をひそめ、毛皮襟のついて大きな暖かい外套のボタンをかけるのに、さも熱中しているかのように、目をわきにそらしました。


それがすむと、今度はすぐ傘を探しにかかりました。


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