「殺したのがドミートリイではなく、スメルジャコフだとすると、もちろんそのときは僕も共犯だ。なぜって僕はたきつけたんだからね。僕がたきつけたのかどうか、まだわからんな。しかし、殺したのがドミートリイではなく、あいつだとしたら、もちろん僕も人殺しなんだ」
これをきくと、「カテリーナ」は黙って席を立ち、自分の書き物机のところに行って、その上にあった手文庫を開け、何やら紙片を取りだして、それを「イワン」の前に置きました。
この紙片こそ、のちに「イワン」が「アリョーシャ」に、父を殺したのは兄の「ドミートリイ」だという《数学のようにはっきりした証拠》として語った、ほかならぬその文書でした。
それは、いつぞや「カテリーナ」の家で、彼女が「グルーシェニカ」に侮辱された例の一幕のあと、修道院に帰る途中の「アリョーシャ」に野原で「ミーチャ」が出会った、あの晩、酔いにまかせて「ミーチャ」が「カテリーナ」宛てに書いた手紙でした。
「ドミートリイ」が「アリョーシャ」を待ち伏せして驚かせたことは(404)に書かれています。
あの晩、「アリョーシャ」と別れたあと、「ミーチャ」は「グルーシェニカ」のところにとんで行きました。
(410)で「ドミートリイ」は「・・・・いよいよ最後の何かの瞬間までな、さよなら、アリョーシャ!」と言って一旦別れたのですが、引き返してきます、そして(411)で「・・・・そして彼はふいに去ってゆき、今度はもう本当に行ってしまいました。アリョーシャは修道院に向かいました。」と書かれていましたので、この後「ドミートリイ」は「グルーシェニカ」のところへ行ったのですね。
彼女に会ったかどうかわかりませんが、夜中近くに飲屋《都》に姿をあらわし、当然のことながら、ぐでんぐでんに酔いました。
酔った彼はペンと紙を求め、この重大な文書を書きなぐったのでした。
それは気違いじみた、饒舌な、とりとめのない、まさしく《酔いにまかせた》手紙でした。
ちょうど、酔払った男が家に帰るなり、妻なり家族のだれかなりをつかまえて、俺はたった今侮辱された、俺を侮辱したのは実に卑劣なやつだが、反対にこの俺はきわめて立派な人間なのだ、俺はあの卑劣漢にきっと思い知らせてやる、といった類のことを、酔った目に涙をうかべ、拳でテーブルをたたきながら、いきり立って、とりとめもなく長々と、異常なくらいむきになってしゃべりだすのと同じようなものでした。
このような状態は理解できるのですが、こんなにくどくどと具体的に書かなくてもいいのではないかと思います、もしかして実体験なのかもしれないと思ってしまいます、が、しかしこのシーンはあとあと重要な意味をもってくるのですから、読者に印象付けようとしたのかもしれません。
手紙を書くのに飲屋でもらった紙は、粗悪なごく普通の便箋を切りとった汚い紙片で、裏には何かの勘定が記してありました。
酔払いの饒舌にはどうやら紙面が足りなかったらしく、「ミーチャ」は紙面いっぱいに書きなぐったばかりか、最後の数行などは、前に書いた文章の上に縦に書きつけてありました。
手紙は次のような内容でした。
『宿命の女性カーチャよ! 明日、金を手に入れて、例の三千ルーブルを返す。そしたら、さよならだ-深い怒りに燃える女性よ。だが、さよなら、俺の愛も! これでけりをつけよう! 明日は、だれかれかまわず頼んで金を手に入れるようにする。もし、だれからも借りられない場合には、固く約束しておくが、イワンが出かけさえしたら、親父のところへ押しかけて、頭をぶち割って、枕の下にある金をちょうだいする。懲役に行こうと、三千ルーブルはきっと返す。君も赦してくれ。地面に頭をすりつけてお詫びする。君に対して俺は卑劣漢だったからな。赦しておくれ。いや、赦してくれぬほうがいい。そのほうが俺も君も、気が楽だもの! 君の愛情より懲役のほうがましだ。俺はほかの女を愛しているからだ。その女を君は今日あまりにも深く知りすぎた。それでどうして赦せるだろう? 俺の金をくすねたやつを、俺は殺してやる! だれの顔も見ずにすむよう、俺は君たちみんなから逃れて、極東に行く。あの女(三字の上に傍点)も見たくない。なぜって、俺を苦しめるのは君だけじゃなく、あの女もだからな。さよなら!
追伸。俺は呪いを書いているが、君を崇拝しているんだ! 胸の中できこえる。弦が一本残って、鳴っているんだ。心臓が真っ二つになってくれたほうがいい! 俺は自殺する、だが手はじめはやはりあの犬畜生だ。あいつから三千ルーブル奪って、君にたたきつけてやる。俺は君に対して卑劣漢でこそあったけれど、泥棒じゃないからな! 三千ルーブルを待っていてくれ。犬畜生の布団の下に、バラ色のリボンで結わえてあるんだ。泥棒は俺じゃない。俺が泥棒を殺すんだ。カーチャ、軽蔑の目で見ないでくれ。ドミートリイは泥棒じゃない、人殺しだ! ちゃんと立って、君の傲慢さを辛抱せずにすむよう、親父を殺して自殺したのだ。君を愛さずにすむようにな。
三伸。君の足にキスする。さよなら!
四伸。カーチャ、だれかが金を貸してくれるよう、神さまにお祈りしてくれ。そうすれば、俺は血に染まらずにすむ、借りられなければ、血を見るのだ! 俺を殺してくれ!
奴隷であり仇敵であるD・カラマーゾフ』
酔いにまかせて書いたとしてもこの手紙の存在はまずいですね、「カテリーナ」はこの手紙で「ドミートリイ」が「グルーシェニカ」に会って話を聞いたと思ったのではないでしょうか、「アリョーシャ」から聞いたとは思わないかもしれません、内容は、どんなことをしてでも三千ルーブルを返すという自分の強い意志を知らせたという内容ですが、「親父のところへ押しかけて、頭をぶち割って、枕の下にある金をちょうだいする」というのはそのままですね、ただ「イワンが出かけさえしたら」というのは、これもその通りになったのですが、酔っ払いにしては気が回っていますね。

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