「門のわきでお前とした話も、逐一話したのか?」
「いいえ、逐一というわけでもございませんが」
「じゃ、癲癇の真似ができるとあのとき俺に自慢したことも、話したんだな?」
「いいえ、それも言いませんでした」
「それじゃきくが、どうしてお前はあのとき俺をチェルマーシニャへやろうとしたんだ?」
これは(557)で「スメルジャコフ」が「イワン」に「なぜ、チェルマーシニャへ行こうとなさらないんです?」と言ったことでしょうか、そして『賢いお方なら、なぜわたしが笑ったか、ご自分でわかるはずですよ』と言わんばかりに左目を細めて狎れなれしげに微笑したところでしょうか。
「モスクワへ行っておしまいになるのが心配だったんです。チェルマーシニャのほうが、とにかく近うございますからね」
「嘘をつけ。お前自身が、発つように俺にすすめたんだぞ。災難から逃れなさいまし、と言ったじゃないか!」
「あれはあのとき、お屋敷に災難の起るのを予感して、あなたをおいたわしく思ったので、もっぱらあなたへの友情と、心底からの忠義心とで申しあげたまでです。ただ、あなたより、わが身のほうが心配でしたけれど。災難から逃れなさいましと申しあげたのも、そうすれば、お屋敷に悪いことが起りそうだとあなたがさとって、お父さまを守るために残るにちがいないと思ったからですよ」
「スメルジャコフ」の言い方はすっきりしません、どちらにでもとれる内容ですし、言葉ではどうにでも言えます。
「それなら、もっとはっきり言えばよかっただろうに、ばかめ!」
突然「イワン」はかっとなりました。
「どうしてわたしがあのとき、あれ以上はっきり言えますか? あれはただ、わたしの心の中の恐怖が言わせたまでですし、それにあなたがお怒りになるかもしれないじゃありませんか。そりゃもちろんわたしだって、ドミートリイ・フョードロウィチが何か騒ぎを起しやしないか、どのみちご自分の金と見なしておられるくらいだから、あの金を持っていくんじゃないかと、心配はしていましたけれど、あんな殺人事件で幕切れになろうなどと、だれにわかるもんですか? せいぜい大旦那さまが封筒に入れて布団の下にしまっていらした、例の三千ルーブルを横取りするくらいと思っておりましたのに、あの方は殺してしまったんですからね。あなただって、とても見ぬけなかったでしょうに、若旦那?」
「見ぬけるはずがないと自分で言っているくせに、どうして俺がそれを察して、残っていられたというんだ? 何を思い違いしてるんだ?」
考えこみながら、「イワン」は言いました。
「わたしがモスクワではなく、チェルマーシニャへあなたを行かせようとしたことからも、察しがついたはずですがね」
「どうして察しがつくんだ!」
「スメルジャコフ」はひどく疲れた様子に見て、またしばらく黙りました。
「わたしがあなたをモスクワからチェルマーシニャへ方向変えさせようとしたからには、つまりあなたに近くにいていただくことを望んだわけで、ほかならぬそのことからも察しがついたはずですがね。なぜって、モスクワは遠いですし、それにドミートリイ・フョードロウィチだって、あなたが近くにおられると知っていれば、ああまで気負い立たないでしょうからね。それに、何かあった場合、あなたが駆けつけてわたしを守ってくださるのも、ずっと早くできますし。だってわたしはそのために自分からグリゴーリイ・ワシーリイチの病気のことや、癲癇の発作が心配だったことを、申しあげたんですよ。それに、亡くなった大旦那さまの部屋へ入ることのできる合図のノックや、それがわたしを通じてドミートリイ・フョードロウィチにわかっていることを、あなたにご説明したのだって、そうすればあの方がきっと何かしでかすことを、あなたがご自分で察して、チェルマーシニャなどと言わず、すっかりお残りくださるだろうと思ったからでございますよ」
『話は非常に筋が通ってるな』
「イワン」は思いました。
『奥歯にもののはさまったような言い方でこそあるけど。ヘルツェンシトゥーベの言った、思考能力の混乱とは、何をさすんだろう?』
「俺を言いくるめる気か、畜生!」
腹を立てて、彼は叫びました。

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