「とうとう尻尾をつかまえたぞ!」
ついに何事かに思い当ったように、「イワン」がほとんど子供じみた喜びを示して、叫びました。
「その千兆年の話は、俺自身が作ったやつじゃないか! あのころ俺は十七で、中学に行ってたんだ・・・・そのころ、俺は今の話を作って、コロフキンという名の友達に話してきかせたんだ、あれはモスクワだったな・・・・その話は実に個性的だから、俺はどこからも仕入れたはずはない。忘れかけていたけど、今、無意識に思いだしたんだ。ひとりでにな、だからお前が話してくれたわけじゃないよ! 時によると何千という事物を思いだすことがあるもんさ、刑場へ曳かれてゆくときでさえな・・・・俺は夢の中で思いだしたんだ。お前はその夢にほかならんよ! お前は夢だ、だから実在していないんだ!」
「イワン」はジェントルマンの話を聞いて、その話を思い出したのですが、妙なことを言っています、ジェントルマンの話を聞いたからではなく、無意識にひとりでに思い出したと、ジェントルマンの話を聞かなくても思い出したということですの、つまり因果関係も時間関係もなく同時にということでしょうか、だからその話もジェントルマン自体も自分の夢だと言っています。
「そうむきになって僕を否定するところを見ると」
ジェントルマンは笑いだしました。
「君はやっぱり僕の存在を信じていると思うよ」
「全然! 百分の一も信じてないさ!」
「でも、千分の一くらいは信じてるね。そのごくわずかの分量が、ことによると、いちばん強力かもしれないよ。信じてるって白状したまえよ、まあ一万分の一くらいは・・・・」
「一瞬たりと信ずるもんか!」
「イワン」は憤然として叫びました。
「もっとも、お前の存在を信じたい気はするがね!」
なぜこんなことを「イワン」は言うのでしょうか。
ふいに奇妙な口調で彼は言い添えました。
「ほう! それでも、やっと白状したね! しかし、僕は親切だから、ここでも助けてあげよう。いいかい、僕が君の尻尾をつかまえたんで、君が僕をつかまえたわけじゃないんだよ! 僕はね、君がすでに忘れていた今の話をわざとしてあげたのさ、君が決定的に僕の存在を信じなくなるようにね」
ジェントルマンは「僕が君の尻尾をつかまえたんで、君が僕をつかまえたわけじゃない」と上手いことを言いますね、たしかに「イワン」は「お前の存在を信じたい気」がすると願望を述べました、それをジェントルマンは「白状した」と捉えます。
「嘘をつけ! お前が現われた目的は、お前が存在することを俺に信じこませるためじゃないか」
「まさしくそうさ、しかし、動揺だの、不安だの、信と不信の戦いだの、そういったものは時によると、君のような良心的な人間にとっては、いっそ首をくくるほうがましだと思うくらいの苦しみになるからね。僕はね、君が少しは僕の存在を信じていることを承知していたから、今の話をして、決定的に不信を植えつけようとしたんだよ。僕は君に信と不信の間を行ったり来たりさせる。そこに僕の目的もあるんだからね。新しい方法じゃないか。現に君はまったく僕を信じなくなると、すぐに面と向って僕に、僕が夢じゃなく本当に存在するんだと強調しはじめるんだからね。僕にはわかってるよ。それでこそ僕は目的を達するんだからね。しかし、僕の目的は立派なものだよ。僕は君の心にほんのちっぱけな信仰の種子を一粒放りこむ、するとその種子から樫の木が育つんだ。それも並大抵の樫じゃなく、君がその枝にまたがれば、《荒野の神父や汚れなき尼僧たち》(訳注 プーシキンの詩の中の言葉)の仲間入りしたくなるような、立派な樫の木がさ。だって君は心ひそかにそれを切実に望んでいるんだし、いずれ蝗(いなご)を食として、魂を救いに荒野へさすらい出るだろうからね!」
ジェントルマンの方が何枚も上手ですね、あれやこれやで悩まさないで、否定の否定によって自分の思うように相手を繰っています、「僕は君に信と不信の間を行ったり来たりさせる」と言っていますがたいしたものです。

0 件のコメント:
コメントを投稿