「あのな」
「イワン」は突然テーブルの前から立ちあがりました。
「俺は今うなされているみたいな気持なんだ・・・・いや、もちろん、うなされているのさ・・・・勝手におだ(二字の上に傍点)を上げるがいいさ、俺にはどうせ同じこった! この前みたいに、俺を怒らせるわけにはいかんぜ。ただ、俺は何か恥ずかしくてならないんだ・・・・部屋の中を歩きまわりたい。ときおり、この前みたいに君の姿が見えなくなり、声さえきこえなくなるけど、君のしゃべっていることはいつだって見当がついてるさ。なぜって、それは俺だからさ、しゃべっているのは俺自身で、君じゃないんだ!(二十八字の上に傍点) ただ、俺はこの前眠っていたのか、それとも本当に君を見たのか、それがわからない。こうしてタオルを冷たい水で濡らして、頭にのせりゃ、君なんぞ消えちまうだろうさ」
「イワン」は片隅に行って、タオルをとり、言ったとおりに実行すると、濡れたタオルを頭にのせたまま部屋の中を行ったり来たりしはじめました。
「いきなり君僕で話し合えるとは、気に入ったね」
客が言いだそうとしかけました。
「ばか野郎」
「イワン」は笑いだしました。
「お前なんぞを俺が、あなた(三字の上に傍点)とよぶとでも思ってるのか。俺は今、快活だけれど、ただ、こめかみが痛くてな・・・・それに頭のてっぺんも・・・・頼むからこの前みたいに哲学をぶつのはやめてくれよ。姿を消すわけにいかないんだったら、何か楽しい話をしてくれよ。むだ話でもしろよ。だってお前は居候だろ、だったらむだ話でもするがいいさ。とんだ悪夢にとりつかれたもんだ! しかし、お前なんかこわくないぞ。きっとやっつけてやる。精神病院になんぞ入れられるもんか!」
「イワン」は自分で頭がおかしくなったことをわかっているのですね、理性と狂気が争っています。
「すてきじゃないか、居候だなんて。それにこれこそ僕の本来の姿なんだよ。僕がこの地上で居候以外の何になれる? ついでに言うと、僕は君の言葉をきいて、いささかおどろいているんだ。だってさ、この前しきりに言い張っていたみたいに、僕を単なる君の幻想と見なしたりせず、少しずつ本当に僕を実在の何物かと受けとりはじめたみたいじゃないか」
この前現れたのがはじめてなのでしょうか、その時はまだ幻想だと思っていたのですね、というか思い込もうとしていたのですね。
「ただの一分たりと、お前を現実の存在と思ったりするもんか」
なにか憤然として「イワン」が叫びました。
「お前は虚偽だ、俺の病気なんだ、幻影だよ。ただ、どうすればお前を退治できるか、それがわからないし、もうしばらく苦しみぬかねばならぬことも承知している。お前は俺の幻覚だ。お前は俺自身の、といっても俺のある一面だけの化身なんだ・・・・俺の思想や感情のうちの、もっとも醜い愚かなものの化身だよ。その点では、もしお前なんぞにかかずらって暇がありさえすれば、むしろ興味深い存在なのかもしれないな」
「失礼、失礼だけど、君の嘘をあばかせてもらうよ。さっき街燈のわきで、君はアリョーシャに食ってかかって、『お前はあいつ(三字の上に傍点)からききだしたんだな! あいつ(三字の上に傍点)が俺のところへよく来てることを、どうして感づいたんだ?』と、どなっていたね。あれは僕のことを思いだしてくれたってわけだ。してみると、ほんの一瞬にせよ、僕が現実に存在していることを信じたんだよ、信じたのさ」
(943)で「カテリーナ」の家から先に帰った「イワン」を追った「アリョーシャ」が(945)で街燈のところで話をします、「イワン」は「夜中に、あいつが来ていたとき、お前もいたんだな・・・・白状しろ・・・・あいつを見たんだろ、見たな?」と、そして「あいつが俺のところへよく来るのを、お前知っているんだな? どうして感づいた、言ってみろ!」と言っていました。
ジェントルマンは穏やかな笑い声をあげました。
「ああ、あれは人間の本性の弱点だったのさ・・・・しかし、俺はお前を信ずることができなかった。この前、僕は眠っていたのか、起きていたのか、わからない。ことによると、あのときお前を夢に見ただけで、まるきり現実じゃなかったのかもしれないし・・・・」
前のことはともかく今現前する彼は何かを判断すればいいのではないかと思うのですが。
「じゃ、なぜさっき彼にあんなに邪慳(じゃけん)したんだい、アリョーシャにさ? あれはかわいい子だよ。ゾシマ長老のことで、僕はあの子にわるいことをしたよ」
ジェントルマンが言う「ゾシマ長老のことで、僕はあの子にわるいことをしたよ」とは何を指しているんでしょうか。

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