2019年1月10日木曜日

1015

「でかした、藪医者!」

「ミーチャ」が自席から叫びました。

「まさにそのとおりだよ!」

「ドミートリイ」が「でかした」と言った鑑定医は一人だけ自分に不利な証言をした「ワルヴィンスキー」ですが。

「ミーチャ」はもちろん制止されましたが、若い医師のこの意見は法廷にも、傍聴席にも決定的な作用を及ぼしました。

なぜなら、あとでわかったことですが、だれもがこの意見に同感だったからです。

もっとも、今度は証人として喚問された「ヘルツェンシトゥーベ」が、まったく思いがけなく、突然「ミーチャ」に有利な役割をはたしました。

町の古狸で、カラマーゾフの家庭をよく知っている彼は、《有罪説》にとってきわめて興味深い証言をいくつか行なったあと、突然、何かに思い当ったように、こう付け加えました。

「それにしても、この気の毒な青年は、もっと比較にならぬほどすばらしい運命に恵まれることもできたはずです。なぜなら、この人は少年時代にも、それ以後も、心の立派な人だったからです。わたしはそれをよく知っています。しかし、ロシアの諺にもこう言いますね。『人に知恵があるのはよいことだ。だが、もう一人知恵のある人が遊びにくれば、もっとよい。なぜなら、そうすれば知恵が一つだけではなく、二つになるから』とな」

「知恵はよいもの、二つ寄ればもっとよい、でしょう」

自分の話の与える印象や、聞き手を待たせることなど意に介さず、むしろ反対に自分の愚鈍な、ジャガイモ的な、常に楽しそうなひとりよがりのドイツ式の警句をきわめて高く評価し、のんびりと間延びのした口調で話す、この老人の癖をかねて知っている検事が、じりじりして助けを入れました。

この老人は警句を吐くのが好きでした。

(1013)で「ヘルツェンシトゥーベ」は「終生、自分のロシア語を模範的な、《ロシア人よりも上手な》ものと見なす欠点を持っていたからで、ロシアの諺を用いるのを非常に好み、しかもそのたびに、ロシアの諺は世界じゅうのどんな諺よりも立派で、表現力に富んでいることを力説するのでした」と伏線が張られてありました。

この警句は「ロシアの諺」か「ドイツ式の警句」かよくわかりませんが、語り手は「ジャガイモ的な」などと表現していますのでドイツに対してはその当時のロシアの一般的風潮だと思いますがかなり批判的ですね。

「ああ、そう、わたしの言ってるのはそのことです」

彼は頑固に相手の言葉を引きとりました。

「一つの知恵はよい、二つになればずっとよい。しかし、この人のところへは、知恵のあるもう一人の人が来てくれなかったし、この人は自分の知恵も手放してしまったのです・・・・どうして、どこへ手放してしまったのか? その言葉を、つまりこの人が自分の知恵を手放した先を、わたしは度忘れしてしまって」

自分の目の前で片手をふりまわしながら、老人はつづけました。

「ああ、そう、シパツィーレンです」

「遊ぶことですか?」

「ああ、そう、わたしの言うのもそのことです。彼の知恵は遊びに行って、とんだ深みに沈没してしまい、そこで自分を見失ったのです。が、それにもかかわらず、彼は感謝の念の篤い、感受性の強い青年でした。そう、わたしは彼が父親の家の裏庭に放りだされて、長靴もはかずに、ボタンの一つしかないズボンをはいて走りまわっていた、こんな小さいころを、よくおぼえています・・・・」

突然、この誠実な老人の声に何か感情に訴える、しみじみした調子がひびきました。

「フェチュコーウィチ」はさながら何かを予感したかのように、びくりと身ぶるいし、とたんに話に食いつきました。

この弁護士は何を予感したのでしょうか、話の流れから弁護側に有利な発言だと感じたのでしょうか。

「おお、そうです、わたし自身もあのころはまだ若かった・・・・わたしは・・・・そう、当時わたしは四十五歳で、この町に来たばかりでした。そのときわたしはこの子がかわいそうになって、自分にたずねたのです。なぜわたしがこの子に四百グラムほど買ってやってはいけないのか、と・・・・そう、何を四百グラムでしたかな? 何という名だか、度忘れしてしまって・・・・四百グラムの、ほら、子供たちが大好きなものですよ、ええと、ほら、ええと・・・・」

博士はまた手をふりまわしました。

(1013)で「もう一つ指摘しておくなら、彼は話の最中、うっかりするのかどうか、ごく普通の単語を度忘れすることが多く、その言葉はよく知っているのに、なぜかふいに頭から抜けてしまうのであります。」、(1014)で「・・・・そんなときはいつも、まるで失くした言葉をつかまえようと探しまわるみたいに、顔の前で片手をふりまわし・・・・」と伏線がありました。

「あれは木になるもので、集めてはみんなに与えるんです・・・・」

「リンゴですか?」

「いや、違う、違う! 四百グラムの、ほれ、リンゴは十個、二十個と数えて、四百グラムとは言わんでしょう・・・・いや、たくさんあって、もっと小さくて、口に入れて、がりっと!」

「くるみですか?」

「そう、くるみ、わたしの言うのもそれです」

まるで言葉などまったく探していなかったかのように、きわめて落ちついた様子で、博士はうなずきました。

「そこでわたしはくるみを四百グラム、この子に持って行ったのです。なぜなら、それまで一度としてだれ一人この子にくるみを与えた者がなかったからです。わたしは指を一本立てて、『坊や、父なる神よ(ゴット・デア・ファーター)!』と言いました。この子は笑いだして、『ゴット・デア・ファーター』と言うんです。わたしが『子なる神よ(ゴット・デア・ゾーン)』と言うと、また笑いだして、まわらぬ舌で『ゴット・デア・ゾーン』と言います。『聖なる神よ(ゴット・デア・ハイリゲ・ガイスト)』と言うと、またこの子は笑いだして、一生懸命に『ゴット・デア・ハイリゲ・ガイスト』と言うのです。わたしはそこで帰りました。三日目にわたしがそばを通ると、この子は自分から『おじちゃん、ゴット・デア・ファーター、ゴット・デア・ゾーン』と言うじゃありませんか。ただ、ゴット・デア・ハイリゲ・ガイストは忘れていたので、思いださせてやったのですが、わたしはまたこの子がとても不憫になったのです。でも、やがてその子はどこかへやられて、わたしも二度と見かけませんでした。こうして二十三年たって、ある朝、もうすっかり白髪になったわたしが診察室に坐っていますと、ふいに溌剌とした青年が入ってきたのです。わたしがどうしても思いだせずにいると、その青年は指を一本立てて、笑いながらこう言うじゃありませんか。『ゴット・デア・ファーター、ゴット・デア・ゾーン、ゴット・デア・ハイリゲ・ガイスト! 僕は今この町についたので、くるみ四百グラムのお礼を言いに伺ったのです。だって、あのころはだれも僕に四百グラムのくるみなんて決して買ってくれなかったのに、あなただけはくるみを四百グラムも買ってくだすったんですからね』そのときわたしは、自分の幸福な青年時代と、長靴もはかずに裏庭にいたかわいそうな少年のことを思いだしたのです。わたしは胸がつまる思いで、言いました。『君は感謝の気持の篤い青年だ。だって、あんな幼いころにわたしのあげた四百グラムのくるみを、今までずっとおぼえていてくれるなんて』わたしは青年を抱擁して、祝福しました。そして、わたしは泣きだしました。青年は笑っていましたけれど、やはり泣いていたのです・・・・なぜなら、ロシア人は泣くべきところで、笑うことが非常に多いからです。でも、この人は泣いていました。わたしにはそれがわかったんです。それが今や、悲しいことだ!」

いい話ですね。

「今だって泣いていますよ、ドイツ人の先生、今も泣いているんです、あなたは神さまのような人だ!」

突然「ミーチャ」が自席から叫びました。

何はともあれ、このちょっとした挿話は傍聴席にある程度の好もしい印象をもらたしました。

しかし、「ミーチャ」に有利な最大の効果は、これから話す「カテリーナ・イワーノヴナ」の証言によってもたらされました。

それに概して、被告に有利な証人、つまり弁護側の申請した証人の証言がはじまると、さながら運命がふいに、本気で「ミーチャ」にほほえみかけた感がし、何より注目すべきことに、当の弁護側にとってさえ、それは思いがけぬことでした。

しかし、「カテリーナ・イワーノヴナ」より先に「アリョーシャ」が喚問され、「アリョーシャ」は突然、有罪説の一つの重要なポイントに対して積極的に反証の感さえあるような、一つの事実を思いだしたのであります。


先ほどの「ヘルツェンシトゥーベ」は、証人として喚問された訳ですが、《有罪説》にとってきわめて興味深い証言をいくつか行なっていますので、彼は検察側の申請した証人として発言したのでしょう、ところが反対に弁護側に有利なエピソードを披露していまったので、「『フェチュコーウィチ』はさながら何かを予感したかのように、びくりと身ぶるいし、とたんに話に食いつきました」となったのでしょう、とすれば、最初に鑑定医として「ヘルツェンシトゥーベ」博士が発言したのは「ドミートリイ」の異常性を強調した訳ですので、弁護側に有利な意見でしたので、矛盾しているようにも思えるのですが。


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