「イッポリート」の論告の続きです。
「・・・・これははっきり言明され、こうして文字になり署名までしてあるのです。被告は自分の署名を否認しておりません。なかには、これは酔払って書いたものだ、と言う人もいるでしょう。しかし、それは何一つ軽減するものではなく、むしろいっそう重要な点であります。なぜなら、被告はしらふのときに考えたことを、酔って書いたのだからです。しらふのときに思いついていなければ、酔ってから書くはずもないでしょう。それなら何のつもりでそんな意図をわめきちらしていたのか、と言う人があるかもしれません。こんな大それたことを計画的(三字の上に傍点)に決意している人間なら、黙って心に秘めているはずだ、と。そのとおりです、しかし被告がわめきちらしていたのは、まだ計画も十分な検討もできておらず、単に願望があるだけで、その意図を考察していた時期だったのです。その後、彼はしだいにそれをわめきちらさぬようになりました。この手紙をかいた晩は、飲屋《都》でさんざ飲んだあと、日ごろの彼らしくもなくむっつりして、玉突きもせず、片隅に坐って、だれもと口をきかずにいたのです。ただ、この町のさる商店の店員を席から追い払ったことはありましたが、これはもうほとんど無意識にしたことで、飲屋に入ったら喧嘩をせずにはおさまらぬ日ごろの癖が出たにすぎません。たしかに、最終的な決意と同時に、被告の頭には当然、前々から町じゅうにあまりにも吹聴しすぎたため、計画を実行した暁にそれが露見と嫌疑に使われる可能性が大きいという懸念も生じたはずであります。しかし、いまさらどうしようもない、吹聴した事実が厳としてある以上、もはや取り返しはつかないし、それにいよいよとなれば、これまでも運がついてくれたように、今度もツキがまわるにちがいない。彼は自分の幸運の星を当てにしたのであります。みなさん! それに加えてわたしは、被告が宿命的な瞬間を回避しようといろいろな手を打ち、流血の結末を避けようときわめてさまざまの努力をしていたことも、認めなければなりません。『明日はあらゆる人に三千ルーブルを頼んでみるつもりだ』被告は彼独特の言葉で書いております。『もし借りなれなければ、血が流れるだろう』またしても酔って書かれたものではありますが、またもや書かれたとおりのことがしらふのときに実行されたのであります!」
「しらふのときに思いついていなければ、酔ってから書くはずもないでしょう」というは、あきらかに間違っていると思います、「イッポリート」は立場上の発言をしているのでしょう。
それから「この町のさる商店の店員を席から追い払ったことはありましたが」と言っていますが、これはその店に店員が喋ったのでしょう、この「手紙」のことが書かれているのは(961)です、「それは、いつぞやカテリーナの家で、彼女がグルーシェニカに侮辱された例の一幕のあと、修道院に帰る途中のアリョーシャに野原でミーチャが出会った、あの晩、酔いにまかせてミーチャがカテリーナ宛てに書いた手紙でした。」「あの晩、アリョーシャと別れたあと、ミーチャはグルーシェニカのところにとんで行きました。」「彼女に会ったかどうかわかりませんが、夜中近くに飲屋《都》に姿をあらわし、当然のことながら、ぐでんぐでんに酔いました。酔った彼はペンと紙を求め、この重大な文書を書きなぐったのでした。それは気違いじみた、饒舌な、とりとめのない、まさしく《酔いにまかせた》手紙でした。ちょうど、酔払った男が家に帰るなり、妻なり家族のだれかなりをつかまえて、俺はたった今侮辱された、俺を侮辱したのは実に卑劣なやつだが、反対にこの俺はきわめて立派な人間なのだ、俺はあの卑劣漢にきっと思い知らせてやる、といった類のことを、酔った目に涙をうかべ、拳でテーブルをたたきながら、いきり立って、とりとめもなく長々と、異常なくらいむきになってしゃべりだすのと同じようなものでした。」「手紙を書くのに飲屋でもらった紙は、粗悪なごく普通の便箋を切りとった汚い紙片で、裏には何かの勘定が記してありました。酔払いの饒舌にはどうやら紙面が足りなかったらしく、ミーチャは紙面いっぱいに書きなぐったばかりか、最後の数行などは、前に書いた文章の上に縦に書きつけてありました。」と、店員を追い払ったことは書かれていません。
ここで「イッポリート」は、犯行を回避するために金を入れようとした「ミーチャ」の必死の努力の、詳細な描写にとりかかりました。
「サムソーノフ」を訪問したことや、「セッター」を訪ねた小旅行などを、すべて記録にもとづいて語ってみせました。
「疲れはて、愚弄され、飢えきって、この小旅行のために時計まで売り払った彼は(それにしても、千五百ルーブルの金を身につけていながら、なのです。まさか、という気がするではありませんか!)、町に残してきた恋人への嫉妬に苦しみ、彼女が留守中にフョードルのところへ行きはせぬかと疑いながら、やっと町に帰りつきました。ありがたいことに、彼女はフョードルのところに行っていませんでした! 彼は自分で彼女をパトロンであるサムソーノフのところへ送り届けたのです(奇妙なことに、彼はサムソーノフには嫉妬していない。これがこの事件のきわめて個性的な心理的特徴です!)。それから被告は《裏庭》の監視所へとんで行き、そこでスメルジャコフが癲癇を起したことや、もう一人の召使も病気であることを知ったのです。行手に何の邪魔もなく、しかも《合図》は握っている-なんという誘惑でありましょうか! にもかかわらず、彼はやはり誘惑に抵抗するのです。この町の一時的な住人であり、われわれすべての深く尊敬するホフラコワ夫人を、被告は訪ねる。かねて彼の運命に同情しているこの貴婦人は、きわめて分別のある忠告を与えます。すなわち、深酒や、みっともない恋や、下らぬ飲屋めぐりや、若い力の無意味な浪費などやめて、シベリヤの金鉱へ行くよう、忠告したのです。『向うへ行けば、あなたの荒れ狂う力や、冒険を求めるロマンチックな気性にはけ口ができますとも』と婦人は言ったのであります」
カッコ書きではありますが、「イッポリート」は(奇妙なことに、彼はサムソーノフには嫉妬していない。これがこの事件のきわめて個性的な心理的特徴です!)と言っていますね、これはどういうことでしょうか、このことと同じように(それにしても、千五百ルーブルの金を身につけていながら、なのです。まさか、という気がするではありませんか!)ということもカッコ書きで書かれています、両方とも「ドミートリイ」が性格的にある一点だけに集中して、周りを見ることができないという偏った特性があるということを言いたいのでしょう。
この会話の結末と、「グルーシェニカ」がてんから「サムソーノフ」のところに行っていなかったという知らせを被告が突然受けた瞬間とを描写したあと、「イッポリート」は、女が自分を欺して今ごろ「フョードル」のところに行っていると考えた際の、神経の疲れきった嫉妬深い不幸な男の、瞬間的な狂乱を語り、この出来事の宿命的な意味に注意を向けて、こう結論しました。
「もしこのときに女中が、彼の恋人は《まぎれもない以前の男》とモークロエにいることを、すかさず告げさえいたら、何事も起らなかったはずであります。しかし、女中は恐怖に気も動転して、何も知らないと神かけて誓ったのでした。被告がその場ですぐ女中を殺さなかったのは、裏切った恋人を大急ぎで追ったからにほかなりません。ところで、注目していただきたいのは、彼がどんなにわれを忘れていても、ちゃんと銅の杵をひっつかんで行った点であります。なぜ何かほかの凶器ではなく、杵でなければいけなかったのでしょう? しかし、彼がすでにまるひと月もの間その光景を検討し、準備していたとするなら、何か凶器として使えるものが目に入るなり、それを凶器としてひっつかむはずであります。何かその種の物が凶器として役立つということを、彼はすでにまる一カ月も思い描いていたのです。だからこそ、あれほどとっさに、文句なく杵を凶器と認めたのです! したがって、彼があの宿命的な杵をひっつかんだのは、決して無意識でもなければ、われ知らずでもありません。そして彼は父の庭に忍びこんだ。邪魔は一つもないし、目撃者もいない。深夜の闇に、嫉妬が燃えさかる。彼女はここにいる、あのライバルの腕に抱かれて、もしかすると今この瞬間、自分を嘲笑っているかもしれないという疑惑に、息もつまるほどです。それに、単なる疑惑ではない、今となってはなんで疑惑ですまされましょう。欺瞞は目に見えており、明白なのです。彼女はそこにいる、灯りの洩れてくるその部屋の、屏風の向うにいる-こう考えて不幸な男は窓に忍びより、うやうやしく中をのぞきこみ、おとなしくあきらめ、道にはずれた物騒な事態が起らぬよう、少しも早く災厄から逃れようと分別豊かに立ち去った-こう被告はわれわれに信じさせようとしているのであります。被告の性格をよく知っており、彼はどんな精神状態にあったかを理解しているわれわれにです、被告の精神状態は数々の事実によってわれわれにわかっているのですが、何よりも被告は、すぐに家に入ることのできたはずの合図を知りながら、そのまま立ち去ったというのです!」
しかし、一カ月も前から計画していたのなら、偶然見つけた杵などよりも、もっと確実な何かを凶器として準備していると思うのですが。
ここでこの《合図》に関して、「イッポリート」は論告を一時中断し、「スメルジャコフ」論を展開する必要を認めましたが、その目的は「スメルジャコフ」に対する殺人容疑という初期の説をすっかり洗いあげ、その考えを永久に葬り去ることにありました。
彼がきわめて詳細にそれをやってのけたので、そんな推測を彼が口では一笑に付したにもかかわらず、やはり非常に重視していたことが、みなにわかったのでした。
「イッポリート」はこのように、曖昧な確証しか得られない部分を、推測でもって言葉を駆使して本当らしく語るのですね、たとえば先ほどの「手紙」は重要な証拠物件だと理解しているので、酔って書いたものであっても信憑性があることをこじつけようと強引な説明をしていますし、突然「杵」をつかんだことも、犯行の計画性がそうさせたのだと、無理のある説明をしています。

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