八 スメルジャコフ論
「まず第一に、かかる嫌疑の可能性がいったいどこから生じたのでありましょうか?」
「イッポリート」はこの問題から説き起しました。
「スメルジャコフが殺したと最初に叫んだのは、逮捕の瞬間における被告自身でありましたが、それなのに、最初にそう叫んだときから現在の公判にいたるまで、被告はスメルジャコフの容疑を裏付ける事実を、ただの一つも示しておりません。いや、事実だけではなく、多少なりとも人間の常識に合致するような何らかの事実に対するヒントすら、提示していないのです。さらに、この有罪説を肯定しているのは、被告の弟二人と、スヴェトロワ嬢の、わずか三人にすぎません。しかし、上の弟がこの疑いを表明したのは、今日がはじめてであり、それも病気で、まぎれもない精神錯乱と熱病の発作にかられてのことであって、われわれに明確にわかっているところによれば、これまで、二カ月間というものずっと、兄が有罪であるという信念を心からいだいていたのであり、その考えに反論しようとさえしなかったのであります。しかし、この点はいずれのちほどまた検討することにします。次に下の弟は先ほどみずから、スメルジャコフ有罪説を裏付ける事実は、ごく些細なものさえ、まったくないうえ、自分がそう結論したのは単に被告自身の言葉と、《顔の表情》からにすぎないと、われわれに言明いたしました。そう、この由々しい証言を、被告の弟は先ほど二度までも口にしたのであります。また、スヴェトロワ嬢の言葉は、ことによると、いっそう由々しいものかもしれません。『被告の言うことを信じてください。あの人は嘘をつくような人間じゃありません』これが、被告の運命にあまりにも深い関心をいだく三人の、スメルジャコフ有罪説の事実的証明のすべてなのであります。にもかかわらず、スメルジャコフ有罪説は流布し、支持されていたし、現在も支持されております。そんなことを信じうるでしょうか、そんなことが想像できるでしょうか?」
ここで「・・・・自分がそう結論したのは単に被告自身の言葉と、《顔の表情》からにすぎないと、われわれに言明いたしました。そう、この由々しい証言を、被告の弟は先ほど二度までも口にしたのであります」とは、「二度」と言っていますが、一度目は(1017)の「・・・・兄の顔を見て、嘘をついていないことがわかりました」であり、二度目はよくわかりませんが、たとえば「《胸の上部》をたたきながら、自分には名誉を挽回する手段がある、その手段はここに、胸のここのところにあるのだと、何度もくりかえして言ったこと」でしょうか。
ここで「イッポリート」は、《病的な錯乱と狂気の発作にかられて生命を絶った》、故「スメルジャコフ」の性格をざっと浮彫りにする必要を認めました。
検事は彼を、ごくわずかばかりの漠然とした教養を身につけた、知能薄弱な男として、また知力にあまる哲学思想ですっかり混乱し、社会的、道義的義務に関する現代の一部の学説に怯えきった人間として描きだし、その学説を彼は実際面では、亡くなった主人でことによると父親だったかもしれぬ「フョードル」のでたらめな生活によって、また理論面では、主人の次男「イワン」とのさまざまな奇妙な哲学談義によって、広範に教えこまれたのであり、「イワン」はおそらく退屈しのぎか、あるいはもっと適当なはけ口を見いだせなかった嘲笑の欲求から、好んでその気晴らしをやっていた、と述べました。
「彼自身わたしに、主人の屋敷に奉公していた最後の数日間の精神状態を話してくれたのではありますが」と「イッポリート」は説明しました。
「そのことはほかの人々、たとえば被告自身や、その弟や、さらには召使の「グリゴーリイ」まで、つまり彼をきわめて親しく知っていたにちがいない人間はみな、証言しているのであります。そればかりではなく、癲癇の持病に悩む「スメルジャコフ」は、《雌鶏のように臆病》だったのです。『あいつは僕の足もとにひれ伏して、僕の足に接吻したんです』被告は、かかる供述が自分にとってある程度不利になることをまだ意識していなかったころ、われわれにこう語ったものでした。『あいつは癲癇もちの雌鶏ですよ』-被告は持ち前のあく(二字の上に傍点)の強い言葉でこう表現したのであります。その彼を被告は(本人の証言しているとおり)自分の腹心の部下に選び、したたか脅しつけたあげく、ついにスパイとして密告者として働くことを同意させたのです。家庭内のスパイという役割で彼は主人を裏切り、金の入った封筒の存在も、主人の部屋へ入れる合図のことも知らせたのです。それにまた、どうして知らせずにいられるでしょうか? 『殺されます、殺されることがはっきりわかっていました』彼を脅した迫害者はすでにそのころ逮捕されていて、もう仕返しにくるはずはなかったにもかかわらず、彼は予審の際、われわれの前でふるえおののきながら、こう言いました。・・・・」
ここで切ります。

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