2019年2月8日金曜日

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「イッポリート」の論告の続きです。

「・・・・『それなら』と鋭い人たちは言うでしょう。『二人が共謀していたとしたら? 二人でいっしょに殺して、金を山分けしたのだったら、そのときはどうなる?』そう、たしかに、この疑惑は重大であり、だいいち、それを裏付ける多くの証拠がすぐに見つかります。一人が殺して、いっさいの仕事を引き受け、もう一人の内通者のほうは癲癇のふりをして横になっている-それももっぱら、みんなの心にあらかじめ疑念をいだかせ、主人やグリゴーリイに不安をいだかせるためだけにです。興味深いことに、いったいどんな動機からこの二人の共犯者は、こんな気違いじみた計画を考えだすことができたのでしょうか? だが、ことによると、スメルジャコフにすれば、まったく積極的な共犯ではなく、いわば受身の、受難的な共犯だったかもしれません。ひっとすると、スメルジャコフは脅迫されて、殺人に反対しないことだけを同意し、叫びも抵抗もせずにみすみす主人を殺させたとあとで非難されるのを予感して、あらかじめドミートリイから、その間ずっと癲癇のふりをして寝ている許可をとりつけたのかもしれません。『あんたは勝手に殺しなさい、わたしは何も知りませんから』というわけです。しかし、かりにそうだとしても、やはり癲癇の発作は屋敷じゅうに騒動をひき起すにちがいないのですから、それを予想すれば、ドミートリイがそんな取決めに同意するはずは決してありえないのです。ですが譲歩して、彼が同意したことにしましょう。それでもやはり、ドミートリイ・カラマーゾフが殺人犯、それも直接の下手人で首謀者であり、スメルジャコフは受動的な共犯者にすぎない、いや、共犯者でさえなく、恐怖のあまり意に反して黙認していたにすぎないことになりますし、法廷もそれは必ず見分けられるはずです。ところが実際にはどうでしょうか? 被告は逮捕されるやいなや、とたんにいっさいをスメルジャコフ一人にかぶせ、彼一人(三字の上の傍点)に罪を着せようとしたのであります。共犯の罪どころか、彼一人に罪をかぶせようとしたのです。あいつがこれをやったのだ、あいつが殺して金を奪ったのだ、あいつの仕業なんだ、と被告は言ったのです。とたんにお互いに罪をなすりつけ合う共犯者などあるでしょうか、そんな話はついぞきいたことがありません。しかも注意すべきことに、ドミートリイにとってもたいへんな危険をおかすことになるのです。主犯は彼であり、スメルジャコフは共犯でなく、ただ黙認して、衝立のかげでずっと寝ていただけというのに、その寝ていた男に罪をかぶせようというわけです。なにしろ、寝ていた男にしても腹を立てて、自衛のためだけからも急いで真相を告白しかねないからです。二人とも事件に加わったけれど、わたしは殺しはやっていません、恐ろしさのあまり見て見ぬふりをしていただけです。彼はこう言うでしょう。なぜならスメルジャコフとて、裁判所がすぐに自分の罪の程度を見分けるにちがいないことを理解するはずですし、とすれば、たとえ罰せられるにしても、彼にすべてをかぶせようとしている殺人の主犯より、比較にならぬほど軽い刑ですむくらいの計算はつくはずです。しかし、そうだとしたら、不本意ながらでも自供したことでしょう。ところが、そういうことはなかった。被告が断固として彼を告発し、終始彼を殺人の単独犯として指摘しつづけたにもかかわらず、スメルジャコフは共犯のことなぞ、おくびにも出さなかったのであります。それどころか、スメルジャコフは予審で、金の入った封筒や合図のことを被告に教えたのはほかならぬ自分(七字の上の傍点)であり、自分が教えなければ被告は何一つ知らなかったはずだ、と打ち明けています。もし本当に共犯であり、有罪であるとしたら、予審でそんなことを、つまり、それらすべてを被告に教えたのが自分であるなどということを、これほど軽々しく告げるでしょうか? むしろ反対に、しらを切りつづけ、きっと事実をゆがめたり、数少なくしたりするにちがいありません。しかし彼はゆがめも、減らしもしませんでした。こんなふうに振舞えるのは、共犯の容疑をかけられる心配のない、無実の者だけであります。そして彼は癇癪の持病と、突発した惨劇とのため、病的な抑鬱症の発作にかられて、昨夜、首をくくりました。首をくくって、『だれにも罪を着せぬため、自己の意志によってすすんで生命を絶つ』という独特の言葉で書かれた遺書を残したのです。この遺書に、殺したのは自分であり、カラマーゾフではないと、書き加えるくらい何ほどのことがあるでしょう。ところが彼はそれを書き加えなかった。つまり、一方に対しては責任を感ずるほどの良心がありながら、もう一方に対してはそれがないのでありましょうか?・・・・」

ここで切ります。

「スメルジャコフ」の仮病の癲癇は「それももっぱら、みんなの心にあらかじめ疑念をいだかせ、主人やグリゴーリイに不安をいだかせるためだけにです」の意味がわかりませんが、みんなの注意を自分に集めておくためということでしょうか。

「イッポリート」の「共犯説」の反証です、仮に共犯だとしたら、仮病の癲癇でも屋敷じゅうに騒動を起こし犯行をしずらくさせるのでそんなことを計画するはずはない、また「ドミートリイ」は罪を「スメルジャコフ」にかぶせようとしたが、共犯ならばそんなことはしないだろうし、相手が真相を全部話してしまう危険性もあるので共犯ではありえない、また、「スメルジャコフ」は自分が「ドミートリイ」に合図など教えたことを正直に供述していますが、共犯なら自分の罪を軽くするためにそういうことはあまり話さないであろうし、そして、遺書には事実は書かれなかったとことでで「共犯説」はありえないということです、しかし、この反証の部分の言葉の意味は大筋ではだいたいわかるように思いますが私は正確には理解できませんでした。


「とたんにお互いに罪をなすりつけ合う共犯者などあるでしょうか、そんな話はついぞきいたことがありません」という部分もわかりません、一般的にはよくあるのではないでしょうか。


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