2016年5月18日水曜日

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ここでまた「わたし」が出てきてしゃべります。

「なぜあのときイワンがこの町にやってきたのか」と疑問に思い、その「宿命的な帰郷」は「わたし」にとって、「その後永いこと、ほとんど終始、理解しえぬ問題でありつづけた」と。

「わたし」は「イワン」がこの町にやってきたとき、「何かほとんど不安に近いものをおぼえながら」内心ずうっと疑問に思っていたということを今でも忘れはしないというのです。

「わたしは当時でさえすでに」と書かれていますので、この町でこれからなにか大変なことがおこるかもしれないという予感があったのでしょう。

しかし、「イワン」の帰郷については、作者は確かその理由を後で書いていると思いますので、ここでは作者と「わたし」は大きく分離していて「わたし」はこの町に住む誰かのように読めます。

そして「あのとき」は言うのは、冒頭で書かれている13年前の「フョードル」の悲劇的な事件のことです。



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