2016年9月13日火曜日

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「ゾシマ長老」の下に集まっていた多くの女たちは、この奇蹟の瞬間に感動し、「随喜の涙」にむせび、長老の衣服の端っこでもいいから接吻しようとして前の方へ出てくる者がいたり、何やら唱えている者もありました。

長老はみんなに祝福を与え、何人かには声をかけました。

先ほどの癲狂病みの女は、修道院から六キロくらい先の村の女で、以前にも連れてこられたことがありましたので、長老は知っていました。

「そこに遠来の人がおるな!」と長老は指さして、声をかけました。

その女は、まだ決して年をとっているわけではないのですが、ひどく痩せてやつれはて、日焼けしているのではありませんが、顔全体がどすぐろくなっていました。

女はひざまずき、視線を据えて長老を見つめていましたが、その眼差しには何か乱心したような色がありました。

「遠方でございます、長老さま、遠方からです。ここから三百キロもございます。遠方からでございます。長老さま。はい、遠方からで」と、女は片頬に手をあてたまま、首を左右によどみなく振りながら、うたうように言いました。

それは、涙ながらに訴えるといった口調でした。

「民衆には忍耐強い無言の悲しみがある。その悲しみは心の内に沈潜し、沈黙してしまう。だが、病的なほどはげしい悲しみもある。」


後者の悲しみは、いったん涙となってほとばしでると、その瞬間から哀訴に変わり、これは特に女性に見られるが、これは、無言の悲しみより、この方が楽なわけではなく、「哀訴を癒やすには、いっそう心を苦しめ、張り裂けさせるよりほかにない。このような悲しみは慰めをも望まず、しょせん癒やしえぬという気持ちに養われている。哀訴は傷口をたえず刺激していたい欲求でしかないのだ」と作者は書いています。


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