2016年9月16日金曜日

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「ゾシマ長老」は昔の偉い聖人の話からはじめます。

あるとき、お前さんのように、聖堂の中で、神に召された幼い一人息子をしのんで、泣いている母親をごらんになり、こうおっしゃった、『お前はそういう幼な子たちが神さまの前で、どれほどこわいもの知らずにしているのか、知らないのか?天国でこんなにこわいもの知らずは、ほかにいないくらいだよ。幼な子たちは神さまにこんなことまで言う。神さま、あなたはわたしたちに生命を授けてくださりながら、わたしたちが世の中をちらとのぞくかのぞかないうちに、もうお取りあげになったんですか、などとな。そしてまったくこわいもの知らずに、神さまがすぐに天使の位を授けてくれるように、頼んだり、ねだったりするのだ。だから、お前も泣いたりせず、喜んでやりさない。お前の子供もきっと今ごろは神さまのもとで大勢の天使たちの仲間入りしておるだろうよ』と、この聖人は偉い方だから、嘘をおっしゃるはずはない、だから、お前さんの子供もきっと今ごろは神さまの前に立って、喜んだり、楽しんだりして、お前さんのことを神さまに祈ってくれているにちがいないよ、それだから、泣いたりせず、喜んでやりなさい、と。


なかなかすぐれた内容の説明だと思うのですが、彼女はたぶんこのようなことは何度も自分の中で言い聞かせてきたのではないでしょうか、たぶん頭の中では納得しているのでしょうが、悲しみは慰められることはなく、別のところからやってくるのでしょう。


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