2016年10月14日金曜日

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五 アーメン、アーメン

「ゾシマ長老」が庵室をあけていたのは、25分くらいでしたが、当事者たちにとっては、なんと価値ある時間だったでしょう。

時計はすでに12時半を過ぎていましたが、肝心の「ドミートリイ」はまだ姿をあらわしていませんでした。

この会合は約束どおり正午からはじまりましたから、30分以上の遅刻です。

長老がふたたび庵室に入った時、みんな「ドミートリイ」のことなど忘れたかのような感じで、何か共通の話題で話がはずんでいました。

会話に加わっているのは、まず第一に「イワン」と二人の司祭修道士でしたが、「ミウーソフ」もたいそう熱心そうに話の仲間に入っていたらしいのですが、またしても運に恵まれず、明らかに粗略に扱われて、ろくに返事もしてもらえなかったので、せっかくのこの新しい雰囲気も胸につもった苛立ちをつのらせるだけでした。

「ミウーソフ」はこれまでにも「イワン」といくらか知識を競い合ったことがあり、相手のぞんざいな態度を冷静に我慢していられなかったからです。

彼は内心、自分はヨーロッパで進歩的といわれるあらゆるものの頂点に立ってきたのに、このごろの若い世代はわれわれを決定的に無視していると思いました。

「ミウーソフ」が我慢できないイワンの「ぞんざいな態度」とはどういう態度でしょう。

「ぞんざい」とは、⑴いいかげんに物事をするさま。投げやり。粗略。⑵ 言動が乱暴で礼を失しているさま。不作法。とありますが、この中では、「言動が乱暴で礼を失しているさま」でしょう。

しかし、「イワン」の言葉が乱暴であるというのは、違うように思いますので、ただ礼を失しているということでしょう。

これは、「ミウーソフ」の発言を単に尊重していないという意味かもしれませんね。

そこで「フョードル」の登場です。

彼は、さきほど、おとなしく座って黙っていると自分から約束しました。

確かに彼は先ほど、「・・・さて、それじゃ、これで黙ります、今後すっと口をつぐみますよ。椅子に座って、沈黙しますから・・・」と自分から言っていましたね。

しかし世の中、そんなことをいう人にかぎって、黙っていた試しはありません。

もちろん「フョードル」もそうです。


彼は本当にしばらくの間、黙っていましたが、嘲るような薄笑いをうかべて隣の「ミウーソフ」を見て、彼の苛立ちぶりを楽しんでいるようでした。



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