「フョードル」はずっと「ミウーソフ」に、あれやこれやに対する仕返しをしてやろうと思っていましたので、今このチャンスを逃したくありませんでした。
やがてついにこらえられなくなりました。
隣に座っている「ミウーソフ」の肩に顔をよせ、小さな声でからかいました。
なぜ、あんたはあの『やさしく接吻しぬ』のあとで帰らないで、こんな不作法な集まりに残ることに同意したんでしょうな?それは、自分が卑しめ侮辱されたと感じたから、名誉挽回のために知恵をひけらかすつもりなんですよ、そうするまでは帰りそうもありませんな、と。
ここで言う『やさしく接吻しぬ』というのは、前に会話で出てきた『殉教者列伝』の中に自分の首に接吻したという嘘の話のことですが。
「ミウーソフ」は、とんでもない、すぐ帰る、と言いましたが、「フョードル」は、「いやいや、あんたが帰るのは、だれよりもあとでしょうな!」ともう一度、嫌味を言いましたが、それは「ゾシマ長老」の帰室とほとんど同時でした。
この二人がまた言い争いになる前でよかったですね。
「ゾシマ長老」の入室で議論は一瞬だけ静まりました。
長老は、また先ほどの席に腰をおろし、つづきを愛想よくうながすように一同を見わたしました。
しかし、「アリョーシャ」は、長老の表情のほとんどすべてを知りつくしていましたので、今や長老がおそろしく疲れきり、やっと自分に打ち克とうとしているのがはっきりわかりました。
長老は、最近では体力の衰弱からしばしば失神を起こすことがありました。
その失神の直前と同じような青白さが今や顔にひろがり、唇も血の気が失せていました。
しかし、長老は明らかにこの会合を続けたい様子でした。
「アリョーシャ」は、長老に何か自分だけの目的があるように見えました。
何の目的だろう?と「アリョーシャ」は長老を見守っていました。
実際それは、何の目的でしょう、この後につづく「イワン」との会話でしょうか、それともまだ姿をあらわさぬ「ドミートリイ」の出現を待つことでしょうか。
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