「まったく聖職者にはあるまじき言葉の遊戯ですよ!」と「パイーシイ神父」がこらえきれずにまた口をはさみました。
そして、「イワン」の方に顔を向けて「あなたが反論なさった問題の本を読んだのですが『教会はこの世のものではない王国である』と聖職者の言葉には呆れかえりました、もしそうだと、教会はこの地上にないことになる、聖書の中で『この世のものならぬ』という言葉は、そんな意味で使われているのではない、こういう言葉の遊戯は許しがたい、われらの主イエス・キリストはまさしくこの地上に教会を設けるためにおいでになった、天の王国は天にあるのだが、そこへ入るには、この地上に設けられ確立だれた教会を経てゆくほかない、だから、この意味での世俗的な駄洒落は許しがたい、けしからん、教会は王国であり、統治すべく定められている、究極においてはこの地上全体の王国となるはずで、これはもう神の約束ですから、と。
聖書の中の『この世のものならぬ』という言葉はどこに出てくるのかわかりませんでしたが、「この世のものならぬ神様」という表現はあるようです。
いずれにせよ、「パイーシイ神父」は怒っていますね。
特に、現に今ある実際の「教会」の存在がおとしめられているとして憤慨しているようです。
彼は自分の興奮に気づいたのでしょう、ふいに口をつぐみました。
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