「ミウーソフ」は「イワン」の発言をさえぎって、「つまり、それはどういうことですか?」と言いました。
そして、なにやら夢物語で、なんだかつかみどころがなくて、とても理解できない、破門というのはどういう破門です?「あなたは冗談を言っているにすぎんのでしょうが、イワン・フョードロウィチ」と。
ここで、「ゾシマ長老」がふいに口をはさみます。
「しかし、実際には現在でもまったく同じですの」
みんなは、いっせいに長老の方を向きました。
「なぜなら、かりに今キリスト教の教会がないとしたら、犯罪者の悪業への歯止めがまったくなくなって、ひいては悪業に対する懲罰までないにひとしくなるでしょうからの。懲罰と言っても、今この方が言われたとおり、たいていの場合ただ心を苛立たせるにすぎぬ、機械的な懲罰のことではなしに、唯一の効果的な、ただ一つ威嚇と鎮静の働きをもつ、おのれの良心の自覚に存する本当の懲罰のことですぞ」
この長老の発言の中で、「実際には現在でもまったく同じ」という意味がよくわかりません。
たぶん、「イワン」の理想とするキリスト教国家が成立していない現在でも、教会は犯罪者の良心に訴えかけてその役割を果たしていると言っているのですが、「まったく同じ」とは、どういうことでしょうか。教会の役割という視点からだけで見るとそうなるのでしょうが。
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