「ドミートリイ」の容姿と町での風評のあとは、突然現れた今の彼の様子の説明です。
①フロックコートのボタンをきちんとかけ、②黒手袋をはめ、③シルクハットを手にし、④非の打ちどころのないスマートな服装で入ってきました。そして、つい先ごろ退役したばかりの軍人らしく、⑤口ひげをたくわえ、⑥顎ひげは今のところ剃りおとしていました。⑦栗色の髪を短く刈りあげ、揉み上げだけ前の方にとかしつけてありました。⑧歩き方もきびきびと大股で、いかにも軍人らしい様子でした。
「ドミートリイ」は戸口で一瞬立ち止まり、みなを見渡したあと、長老を主人と察して、まっすぐにその方に歩み寄りました。
彼は深々と一礼して、祝福を乞いました。
長老を腰をあげ、祝福してあげました。
「ドミートリイ」はうやうやしく長老の手に接吻し、ほとんど苛立ちに近いほどの異常な興奮状態で次のように言いました。
「こんなにお待たせしてしまって、ほんとうに申しわけございません。でも、父の使いできた召使のスメルジャコフに、時間のことをくどいほどたずねたのに、二度までも約束は一時だとはっきり答えたものですから。ところが今になってふいに・・・」
「ご心配なさいますな」長老がさえぎって言いました。「かまうものですか、ほんの少し遅刻なさっただけです。たいしたことはございません・・・」
「まことに恐れ入ります。やさしいお気持から言っても、そうおっしゃっていただけるものと期待しておりましたが」と「ドミートリイ」は挨拶を打ち切るようにぴしりと言って、もう一度おじぎをしました。
「ドミートリイ」の遅刻の理由について、召使の「スメルジャコフ」が間違って伝えたからと書かれていますが、「・・・ところが今になってふいに・・・」と言ったまま、話は長老にさえぎられました。
次に続く言葉は何だったのでしょう。
「スメルジャコフ」が伝言を終えてずっと「ドミートリイ」のところにいるはずはないと思いますので、間違いに気づいた「スメルジャコフ」が直前になって再び「ドミートリイ」の家を訪ねたのでしょうか。
しかし、一番大事な集合時間を召使の「スメルジャコフ」が間違えたりするのは不自然ですし、「ドミートリイ」の服装もきちんとしており、慌てて用意した様子ではありませんでした。たしかに「スメルジャコフ」はどこか優柔不断なところがあって、少しふらふらして頼りないところがありますので、彼が思い違いをしたということは完全には否定できませんが。
それでは、「ドミートリイ」が嘘をついて、遅刻の理由を「スメルジャコフ」のせいにしたのでしょうか。
しかし、「ドミートリイ」はそんな小賢しい嘘をつくような人間ではありません。
もうひとつ、「フョードル」の仕組んだ芝居だった可能性もあります。
彼は、約束の時間に現れていなかった「ドミートリイ」のことを「息子に代わってお詫び申しあげます。」と詫びてはいるのですが、息子のことは相当憎んでいます。
そして、彼なら何でもやりそうで、そんなこともやってしまうかもしれないと思わせるところがあります。
真相は不明ですが、長老も誰かを批判する言葉はこの場で聞かない方がいいと思って途中でさえぎったのでしょうから、ここはこのままでということです。
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