その「特異な事件」は六本指の赤ん坊を葬った同じその日に起こりました。
「マルファ」が夜中にふと目をさまして、新生児の泣き声にも似た声をききつけました。
彼女はぎょっとして、夫を揺り起こしました。
「グリゴーリイ」は耳をすまし、それがむしろだれかの呻き声で、それも『女の人らしい』と判断しました。
彼は起きて服を着ました。
かなり暖かい五月の夜でした。
表階段に出ると、呻き声が庭からするのがはっきりきこえました。
しかし、庭の門は夜分には内側から錠をおろしてしまうし、庭の周辺には高い頑丈な塀がめぐらしてあるため、その門以外に入る場所はないはずでした。
「グリゴーリイ」はいったん家に戻ると、カンテラをともし、庭の鍵を持って、相変わらず子供の泣き声がきこえるとか、あれはきっと坊やが泣いて呼んでいるのだとか言い張る妻のヒステリックな恐怖には注意も払わず、無言のまま庭に出ていきました。
庭に出てみると、呻き声が庭の木戸の近くにある風呂場からきこえてくることがはっきりわかりました。
風呂場の戸を開けるなり、彼は呆然と立ちすくむような光景を目にしました。
巷をいつもさまよい歩いて、町じゅうに有名な、「リザヴェータ・スメルジャーシチャヤ」(訳注 悪臭のひどい女という意味)という綽名の、神がかり行者が、風呂場に入りこみ、たった今赤ん坊を産みおとしたところだったのです。
赤ん坊がかたわらにころがり、女は虫の息でした。
女は何一つ語らなかったのですが、それはもともと口がきけなかったからにすぎませんでした。
作者いわく、「だが、この事件は別に説明しなければなるまい。」
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