2017年1月21日土曜日

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「グリゴーリイ」が主人のために力のかぎり精力的に頑張ったのは、まさにこの時でした。

そういったいっさいの中傷に対して主人をかばったばかりか、主人のために喧嘩や口論までして、大勢の人の考えを変えさせたほどでした。

「グリゴーリイ」の性格については前に説明がありました。

それは、「いったん何らかの理由、それもたいていの場合おどろくほど非論理的な理由によって、変わることない真実として一つの点が目の前に設定されるや、その点をめざして頑なほどまっすぐ歩みつづける、意志の堅固な一徹者である。」ということでした。

「グリゴーリイ」は「フョードル」を疑ってなかったのでしょうか。

「おどろくほど非論理的な理由によって」疑う気持ちを捨てたのかもしれません。

妻の「マルファ」がモスクワに行って商売しようといったときに、「たとえ相手がどんな人間であろうと、これまでのご主人のもとを去ったりすべきではない、『なぜなら、それが今の俺たちの義務だからだ」とも言っています。

「グリゴーリイ」にとっては主人の「フョードル」を守ることは絶対的な義務なのです。

「グリゴーリイ」は「あの卑しい女が、自分で罪を作ったのさ」と断定的に言い、相手の男は《ねじ釘のカルプ》にきまっていると主張しました。

《ねじ釘のカルプ》というのは、(これは当時この町で有名だった凶悪な囚人で、そのころ県の刑務所から脱獄して、この町にひそんでいた男のことだった)ということです。

この推理はもっともらしく思われました。

「カルプ」の名は人々の記憶にありました。

それもちょうど秋口の、問題の夜あたりに市中をうろついていて、三人から追剝をはたらいていたことをみんなはおぼえていました。


しかし、この出来事や、こうしたすべての噂も、哀れな神ががり行者に対する世間の同情に水をささなかったばかりか、だれもがいっそう彼女に目をかけ、大事にしてやるようになりました。


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