やっと「ドミートリイ」の話が本題に入ります。
「なにしろ俺は国境守備隊の砲兵大隊でこそあったけれど、監視つきと同じようなもので、まるで流刑囚なみだったんだよ。でも、町の連中はおそろしく歓待してくれたっけ。俺が派手に金をばらまくもんだから、金持だと信じていたし、俺自身もそう信じこんでいたんだ。もっとも、きっとほかにもどこか気に入られるようなところがあったんだろうな。吞込み顔にうなずいてこそいたけど、とにかく目をかけてくれたもの。ところが俺のとこの中佐殿が、もう年寄りのくせに、ふいに俺を毛ぎらいしはじめてさ。難癖をつけやがるんだ。しかし、こっちには後楯があったし、おまけに町じゅうが俺の味方とあって、そうそう難癖をつけるわけにもいかなかったがね。俺のほうもわるかったんだ、当然の敬意をことさら払わなかったんだから。いい気になってたんだな。この頑固爺さんは、人間は実にわるくないし、善良この上もなく客好きで、かつて二度結婚して、二度とも死に別れなんだ。最初の細君は平民かなにかの出で、娘を一人残したんだが、これも庶民的な娘だった。俺のいた当時、すでに二十四、五で、父親と、死んだ母親の妹にあたる叔母さんといっしょに暮していた。叔母さんというのは、口数の少ない素朴な人だったし、姪、つまり中佐の姉娘はきびきびした素朴な娘だった。もともと俺は、思い出話をするときには、いいことばかり言うのが好きな男だけど、この娘ほど魅力的な性格の女性はいないな。アガーフィヤという名でさ、どうだい、アガーフィヤ・イワーノヴナ(訳注 農民などに多い名前)というんだぜ。」
ここで一旦切ります。
作者自身も政治犯としてシベリヤへ送られ、オムスク監獄で四年間苦しい徒刑生活を送り、その後五年間セミパラチンスクで軍務に服したそうです。
「姉娘」は「あねむすめ」と読み、年上の娘のことです。
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