2017年2月22日水曜日

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まだ「ドミートリイ」の話の続きです。

「心配するな、俺は長いこと引きとめたりはしなかったよ。ふりかえって、テーブルのところに行くと、引出しを開けて、五千ルーブルの五分利つき無記名債権をとりだした(フランス語辞典の間にしまっておいたんだ)。それから無言のまま彼女にそれを見せて、二つ折りにし、手渡すと、玄関へ通ずるドアを自分で開けてやって、一歩しりぞき、この上なく丁寧な、まごころのこもった最敬礼をしてやった。本当だぜ!彼女は全身をびくりとふるわせて、一瞬食い入るように見つめ、ひどく真っ青になっちまったよ、まるでテーブルクロースみたいにな。そして突然、やはり一言も言わぬまま、発作的にという感じではなく、実にやわらかく、もの静かに、深々と全身をかがめると、まともに俺の足もとにひれ伏して、額を床につけておじぎするじゃないか、女学生流のおじぎじゃなく、ロシア式にだよ!そして跳ね起きるなり、走り出て行ってしまったんだ。彼女が走り出て行ったとき、俺は軍刀を下げていた。俺は軍刀を引きぬいて、その場で自殺したくなりかけた。なぜかはわからん、ひどく愚劣なことだけど、きっと感激のあまりだろうな。お前にわかるかな、ある種の感激によっては自殺できるもんだよ。しかし、俺は自殺せず、軍刀に接吻しただけで、また鞘におさめたがね。もっとも、こんなことはお前に話さなくともよかったな。それにしても、どうやら今でさえ、こうした内心の葛藤を話す際に、俺は自分をよく見せようと、いささか尾ひれをつけたようだな。でも、かまわんさ、それでいいんだ、人間の心のスパイなんぞ勝手にしやがれだ!まあ、これがカテリーナと俺の過去の《事件》のすべてさ。つまり、今やこれを知っているのはイワンと、それにお前だけというわけだよ!」

ここで「ドミートリイ」の会話は終わりです。

要求された金額は四千五百ルーブルだったはずですが、「ドミートリイ」は気前よく五千ルーブルを渡しています。

「五分利つき無記名債権」というのはよくわかりませんので自信がないのですが、一年後の利率が二百五十ルーブル=25万円でいいのでしょうか。

この債権をフランス語辞典の間にしまっておいたというのです。

当時はフランス語辞典などを持っている人は少ないと思います。

そういった意味でも彼は自分では否定していますが相当なインテリではないでしょうか。

ちなみに、『切りとれ、あの祈る手を』(佐々木中著)の中に、ドストエフスキーがものを書いていた時期、ロシアの文盲率は九〇パーセントを超えていたと書かれていました。

そして、お辞儀の仕方は国によって違いがありますが「女学生流のおじぎじゃなく、ロシア式に」というのは、どのようなお辞儀でしょう。

また、外出の時は軍刀をさげているのですね。


こうして「ドミートリイ」は「カテリーナ・イワーノヴナ」にお金を貸したのですが、お金を貸した状態つまりこのような不均衡な関係の状態が続くことがさまざまな事件を引き起こす要因となったとも言えます。

話し終えて、「ドミートリイ」は立ちあがりました。

そして、興奮して一、二歩踏みだしました。

ハンカチを取りだして、額の汗をぬぐいました。

それからまた坐りました。

しかし、それは今まで坐っていた場所ではなく、別の壁に近い向い側のベンチでした。

そのため、「アリョーシャ」はすっかり向き直らなければなりませんでした。

二人は庭の隅の老朽化したあずまやの緑色のテーブルのまわりの緑色のベンチに坐っています。

そして、「俺は横に坐って、お前を眺めながら、すっかり話してきかせる・・・」と言っていましたから、はじめは90度の角度で話していたのですね。

それが、位置を変えて向かい側に行ったのでしょう。

こういうところの描写は細かいです。



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