2017年3月27日月曜日

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ここで、「ちょっと待った!」と「フョードル」がすっかり熱中して金切り声をあげました。

そして、「すると、山を動かすことのできる人間が二人はいるのか。お前もやはりそういう人間はいると思うんだな?おい、イワン、おぼえておけよ、書きとめておくといい。まさにここでロシア人が顔をのぞかせたな!」

「フョードル」は何を言っているのでしょう。

たぶん、「スメルジャコフ」が神を完全に否定せずに中途半端にしていること、つまりロシア人的なお人好しが残っていることを言っているのでしょう。

そして、そのお人好しはロシアのさまざまな場面で悪い影響を与えるのでしょう。

「イワン」も「その指摘はまさに正しいですね、これは信仰における民族的な一面ですよ」と肯定の微笑をうかべて、同意しました。

「お前も同意するか!お前が同意なら、つまり、それにちがいないんだ!アリョーシカ、本当だろう?まさにロシア的な信仰だろうが?」

「いいえ、スメルジャコフのは、全然ロシア的な信仰じゃありませんよ」と「アリョーシャ」が真顔できっぱりと言いました。

「俺はこいつの信仰のことを言ってるんじゃない、こういう一面を言ってるんだよ、二人の隠者という、まさにその一面だけを言っているのさ。どうだ、ロシア的だろう、ロシア的だろうが?」

「ええ、そういう面はまったくロシア的ですね」と「アリョーシャ」は微笑しました。

「おい、驢馬、お前の今の一言は金貨一枚の値打ちがあるよ。今日にも届けてやる。しかし、そのほかのことは、やはり嘘っぱちだよ、そう、嘘っぱちだとも。おぼえておけよ、ばか者、ここにいる俺たちみんなは、軽薄だから信心していないだけなんだ、そんな暇がないからだよ。第一、仕事がしんどいし、第二に、神さまが時間を少ししかくださらず、一日にわずか二十四時間しか割りふってくださらなかったもんだから、悔い改めることはおろか、十分に眠る暇もありゃしない。お前だって迫害者の前で信仰を棄てるのは、信仰以外に何も考えることがないときだからの話で、本当はそういうときこそ信仰を示さにゃならんはずなんだぞ!そういうことになると思うがね?」

ここで「フョードル」は何を言いたいのでしょう。

「スメルジャコフ」がロシアの民族的な特徴について正論を言ったことについては金貨一枚の値打ちがあると言っています。

そして、自分たちの日常においてはきちんと信仰するだけに十分な余裕がなく、ある意味で不信心となっている、しかし、信仰について熱心に考えることができるときは、不信心となってはならないということだと思います。

「フョードル」のこの考えはあくまでも、信仰している者にとっての信仰内部の話でしょう。


「スメルジャコフ」は一歩外に出て行ってはいるのですが完全には行ききれず、まだ片足は信仰内部の場所に乗かっているということだと思います。


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