八 コニャックを飲みながら
議論は終りました。
が、ふしぎなことに、あれほど陽気にしていた「フョードル」が、終り近くになるとふいにむずかしい顔になりました。
眉をひそめて、コニャックをあおりましたが、これはもうまったく余分な一杯でした。
「お前らはもう退っとれ、イエズス教徒め」と彼は召使たちをどなりつけました。
「向うへ行け、スメルジャコフ。約束の金貨は今日にでも届けてやるから、向うへ行っとれ。泣くな、グリゴーリイ、マルファのとこへ行くといい、慰めて寝かせつけてくれるから。悪党どもめ、食後静かに一休みもさせてくれやしない」
命令ですぐに召使たちが退散すると、だしぬけに彼は腹立たしそうに言い棄てました。
どうして「フョードル」の態度が急に変わったのでしょうか。
「これはもうまったく余分な一杯だった」とあるように酔いも関係しているでしょうが、いろいろ考えて、このような場の状況そのものが嫌になったのでしょう。
「スメルジャコフはこのごろ、食事のたびにここへ入りこんでくるが、あれはお前にひどく好奇心を燃やしてるんだぞ、どうやってあんなに手なずけたんだ?」
これは、先ほどからの「スメルジャコフ」の発言が「イワン」の考えを反映しているということでしょうか、それとも、ここで全く違う話題として話を切り替えたのでしょうか。
彼は「イワン」に向って付け加えました。
「べつに何も」と相手、つまり「イワン」は答えました。
「僕を尊敬しようって気を起したんですよ。あれはただの召使の、下種野郎です。もっとも、時期がくれば、最前線の肉弾になるでしょうがね」
「最前線?」
「ほかに、もっとましな連中も現れるでしょうが、ああいうのもいるんですよ。最初はああいうのが出てきて、そのあとから、もう少しましなのが現れるんです」
「イワン」のこの発言は何を意味しているのでしょう。
「時期がくれば、最前線の肉弾になる」というのは穏やかではありませんね。
たぶん、神に対する反逆というか、革命のことを言っているのではないでしょうか。
「で、その時期とやらはいつ訪れるんだ?」
「狼火があがったらです、でも燃えきらないかもしれないな。民衆は今のところ、ああした田舎コックの話をきくのをあまり喜びませんからね」
「それはそうさ、お前。ああいうバラムの驢馬が考えに考えて、ついにはどこまで考えぬくか、わからんな」
「思想を貯えることでしょうよ」と「イワン」が苦笑しました。
「あのな、俺にはちゃんとわかっているんだ。あいつはみんなに対するのと同じように、この俺にも我慢できないのさ、お前だって『尊敬しようって気を起した』なんて、いい気になっているけど、同じことだぞ。アリョーシャにいたっては、なおさらだよ。あいつはアリョーシャを軽蔑してるからな。しかし、あいつはものを盗んだりせんよ、そうなんだ。おしゃべりじゃないし、むっつり黙りこんでいて、家の中のごみを外に持ちだすような真似はせん。ピローグの焼き方もうまいしな。そのうえ、何をやらせてもいまいましいくらいだ。まったくの話、あんなやつのことを話題にする値打ちがあるかね?」
「もちろん、ありませんよ」と「イワン」は答えました。
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