「アリョーシャ、で、あいつは?グルーシェニカのとこへとんで行ったな!かわいい天使や、本当のことを言ってくれ。さっきグルーシェニカは来たのか、来なかったのかい?」
「だれも見た者はいないんです。あれは嘘ですよ、来なかったんです!」
「ドミートリイのやつはあれと結婚する気なんだ、結婚をさ!」
「あの人のほうが兄さんのとこへは行きませんよ」
「フョードル」はまだ、「グルーシェニカ」が来たかどうかを気にしていますが、この騒動のあとで「ドミートリイ」が「グルーシェニカ」のところへ行くことを「アリョーシャ」はどうして断言的に否定しているのでしょうか。
これは、たぶん根拠はなく「フョードル」の気持ちを落ち着かせるためでしょう。
「フョードル」は「行かないさ、行かないとも、行くもんか、絶対に行きゃせんよ!」と、まるでこの瞬間これ以上楽しい言葉はきかれないといったふうに、嬉しそうに全身をおどらせました。
感きわまって彼は「アリョーシャ」の手をうかみ、ぎゅっと胸に押しあてました。
その目には涙さえ光はじめていました。
「あの聖像だがね、さっき話した聖母の像だが、あれをお前にやるから、持っていくといい。修道院へ帰ってもかまわんぞ・・・さっきはちょっと冗談を言っただけさ、怒らんでくれ。頭が痛いよ、アリョーシャ・・・アリョーシャ、俺の心を静めてくれ、頼むから本当のことを言ってくれ!」
「まだ、あの人が来たか、来なかったかにこだわってるんですか?」と、「アリョーシャ」が悲しそうに言いました。
「いや、違うよ、そうじゃない、お前を信じとるからな。こういうことさ、お前ひとつグルーシェニカのとこへ自分で行って、会ってくれんか。なるべく早く、できるだけ早くあれにお前の口からきいて、お前自身の目で判じてもらいたいんだ。あれがどっちに傾いてるか、俺か、それともあいつかをさ?ああ?どうだ?やってくれるか、それともだめかね?」
「フョードル」は本当はまだ「グルーシェニカ」が来たかどうかを気にしているのでしょうが、うまくはぐらかして、今度は「グルーシェニカ」に会ってくれと「アリョーシャ」に頼みます。
「もし、会ったら、きいてみますけど」と、「アリョーシャ」はどぎまぎして、つぶやきかけました。
「アリョーシャ」だって、そんなことでいきなり「グルーシェニカ」のところへなんか行けませんよね、だから曖昧な返事をしています。
「いや、お前には言いっこないな」と、老人がさえぎりました。
「あの女は気が多いからな。お前にキスなんぞはじめて、あんたと結婚したいわなんて言うにきまっとる。あれは嘘つきで、恥知らずだからな、いや、お前はあの女のところへ言っちゃいかん、だめだぞ!」
「フョードル」も自分の言っていることにおかしいと気づいて、「グルーシェニカ」のところへは行かなくていいと言っていますが、心の動揺があらわれています。
「それに、よくないですよ、お父さん、まるきりよくないことですよ」
「さっき、帰りしなにあいつは『行ってきてくれ』なんて叫んでたけど、お前をどこへやろうとしてたんだ?」
「カテリーナ・イワーノヴナのところへです」
「無心か?金を頼みにだな?」
「いいえ、お金じゃありません」
「やつは文なしだからな、素寒貧なんだ。あのな、アリョーシャ、俺は一晩寝て、よく考えるから、さしあたりお前は帰っていい。ことによると、彼女にもその辺で出会うかもしれんし・・・ただ、明日の朝早くぜひ俺のところへ寄ってくれ。明日お前に話しときたいことがあるんだ。寄ってくれるな?」
「寄ります」
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