2017年4月27日木曜日

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「兄はあなたに・・・よろしく、もう二度と伺わないから・・・よろしくということでした」

「よろしくですって?そうおっしゃったんですの、そういう言い方で?」

「ええ」

「もしかすると、何かのはずみで、うっかり言葉遣いを間違えたのかもしれませんわね、見当違いの言葉を使ってしまったのかも?」

「いいえ、兄はたしかに『よろしく』というこの言葉を伝えるように申してました。忘れずに伝えるよう、三度も頼んだくらいですから」

「カテリーナ」はぱっと顔を赤くしました。

こんなところにも「カテリーナ」の思い込みの強さ、自信の強さがあらわれていますね。

彼女が顔を赤くしたのは、「ドミートリイ」が「よろしく」という言葉を不自然に強調していることがわかったので、これはそのままの意味ではないと思い、自分に対してまだ思いが残っているということを確信したからでしょう。

「これからあたくしに力を貸してくださいませな、アレクセイ・フョードロウィチ、今こそあなたのお力添えが必要ですの。あたしく自分の考えを申しますから、あなたは、その考えが正しいかどうか、それだけおっしゃってください。あのね、もしお兄さまが特にその言葉を伝えることにこだわらず、その言葉を強調なさらずに、何気なく、よろしくとおっしゃったのだとしたら、それはもう万事休すですわ・・・もう終りですわね!でも、その言葉に特にこだわって、その《よろしく》という挨拶を忘れずに伝えてくれと特に頼んだとすると、それはつまり、お兄さまが興奮して分別を失っていらしたことになるかもしれませんわね?決心はしたものの、自分の決心に怯えてしまったんですわ!あたくしから確固とした足どりで離れて行ったのではなく、崖からとびおりるにもひとしかったんです。その言葉を強調なさったことは、単なる空元気を意味しているのかもしれませんわね・・・」

「そうです、そうですとも!」と、「アリョーシャ」は熱っぽく相槌を打ちました。「僕自身も今ではそんな気がします」

「カテリーナ」は「ドミートリイ」のことがよくわかっているのか、言葉の裏を読もうとしています。

そして、「アリョーシャ」がそれに同意するとは意外な気がしますが、彼は「僕自身も今ではそんな気がします」と言っています。

これは、「アリョーシャ」も「ドミートリイ」が「カテリーナ」と結婚することをまだ望む気持ちがあって、先ほど現実的にはそうではない方向に進んでいることを目の当たりにしたもののどこかに期待をもっているということでしょうか。

「アリョーシャ」の心の中でどうしようもない現実とこうであってほしいという期待とか揺れ動いています。

「カテリーナ」は言います。

「だとすると、あの人はまだだめになってはいませんわ!ただ自暴自棄になっているだけで、まだあたくしが救ってあげられます。あ、ちょっと。お兄さまはあなたに何かお金のことを話してませんでしたかしら。三千ルーブルのことを?」

「話しただけではなく、たぶんそのことがいちばん兄を絶望させたらしいんです。兄は、今や名誉を失くした、今となってはもうどうだってかまわない、なんて言ってました」

「アリョーシャ」は希望が心に流れこむのを胸いっぱいに感じ、もしかすると本当に兄にとって脱け道と救いがあるかもしれないと感じながら、熱をこめて答えました。「でも、それじゃあなたは・・・あのお金の件はご存じだったんですか?」

彼はそう付け加え、ふいに黙りこみました。

「とうに存じてますわ、たしかに知っています。モスクワへ電報で問い合せたので、お金がついていないことは、ずっと前から知っていたのです。お兄さまはお金を送らなかったのですけれど、あたくしは黙っていました。先週になってあたくし、どんなにお兄さまがお金を必要としてらしたか、そして今もまだ必要かを知ったんですの・・・あたくし、今度のことでたった一つだけ目的をおきましたの。つまり、結局だれのもとに戻るべきか、だれがいちばん信頼できる友達かを、お兄さまにわかっていただくことですわ。そう、お兄さまはあたくしがいちばん信頼できる友達だってことを、信じようとなさらない、あたくしという人間を知ろうとなささらず、あたくしを一人の女としてしか見ていないんです。あたくしこの一週間ずっと、お兄さまが三千ルーブルの使いこみをあたくしに対して恥じぬようにするには、どうすればいいかという恐ろしいくらいの気苦労に悩みつづけていましたの。つまり、世間の人たちみんなや自分自身に対して恥じるのは結構ですけど、あたくしには恥じないでほしいんです。だって、神さまに対しては、恥じずに何もかもお話しなさるんですもの。あの方のためならどれほどあたくしが我慢できるかを、どうしていまだにわかってくださらないんでしょう?なぜ、いったいどうして、あたしくという人間をわかってくださらないのかしら、あんなことのあったあとで、よくあたくしをわかろうとなさらずにいられるものですわ!あたくし、お兄さまを永遠に救ってあげたいのです。いいなずけとしてのあたくしなぞ、忘れてくださってもかまいません!それなのに、あたくしに対して自分の名誉を心配さなさるなんて!だって、アレクセイ・フョードロウィチ、あなたに打ち明けるのは恐れなかったんでしょう?なぜあたくしは、いまだにそれだけの値打ちがないのでしょう?」

最後の言葉を、彼女は涙とともに語りました。

涙が目からこぼれ落ちました。

「カテリーナ」は電報で問い合わせ、お金がモスクワにいる「アガーフィヤ・イワーノヴナ」に届いてないことをずっと前から知っていたとのことです。

この三千ルーブルは「ドミートリイ」に頼んで、別の町から送るということになっていましたので、匿名で送るつもりであったのかと思っていましたが、そうではなかったのですね。

しかし、「カテリーナ」がどういう内容の電報を送ったのかがわかりませんので、実際のことはわかりませんが。

そして彼女は「ドミートリイ」がお金を必要としていることを先週知ったと言っていますが、その理由まで知っているのでしょうか。

また、彼女は「いいなずけとしてのあたくしなぞ、忘れてくださってもかまいません!」と言っています。

何だか彼女の本意がわかりません。

結局、男女のことはひとまず置いといて、人間として自分を信頼してほしいということですね。

自分は何でも受け入れる、そして我慢もする、彼を永遠に救ってあげられると言います。

そして「神さま」には何でも話すのに、自分には話してくれないと言っています。

おそらく「カテリーナ」は「神さま」と同化しているのではないでしょうか。


ここで流した彼女の涙は、「ドミートリイ」が自分に話さないことを「アリョーシャ」に話したから自尊心が傷ついたからではないでしょうか。


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