「兄さん、兄さんはあの日のことをグルーシェニカに話したために、どれほどカテリーナさんを侮辱したか、気にもとめていないようですね。だってグルーシェニカは今あの人に面と向って、『そういうあなたこそ、自分の美しさを売るために、男の人のところへこっそり忍んで行ったくせに』と投げつけたんですよ。兄さん、これよりひどい侮辱があるでしょうか?」
「アリョーシャ」を何より苦しめていたのは、もちろんそんなことのあろうはずもないけれど、兄がまさに「カテリーナ」の屈辱を喜んでいるのではないか、という思いでした。
「参った!」と、突然「ドミートリイ」はひどく眉をくもらせ、掌で額をたたきました。
さっき、「アリョーシャ」がすでのこの侮辱も、『あなたのお兄さんは卑劣漢よ!』と、いう「カテリーナ」の叫びも、すべて話したのに、彼は今になってやっと気がついたのでした。
「そうだ、たしかに俺は、カテリーナの言うその《宿命的な日》のことを、グルーシェニカに話したかもしれんな。そう、たしかにそうだ、話したっけ、思いだしたよ!あのときだ、モークロエで俺が酔払ったときだよ、ジプシー女たちが歌をうたってた・・・でも、あのときは俺自身も泣いてたんだよ、ひざまずいて、カテリーナの面影に祈りを捧げたんだ。グルーシェニカもそれはわかってくれたんだがな。彼女はあのとき何もかも理解してくれた。思いだしたぞ、彼女自身も泣いていたっけ・・・えい、畜生!でも今となっては、こうなるより仕方がなかったのかな?あのとき泣いてくれた女が、今度は・・・今度は《胸に短剣をぶすり》か!女はこうだからな」
たしかに「ドミートリイ」はあの日のことを「グルーシェニカ」に言ってはならなかったのですね。
他人に言ってはいけないことです。
しかし、その秘密の話は、「ドミートリイ」は「カテリーナ」のいる普通で、常識的で、一般的で、現実的で、人間的な世界から、別の世界へ、「アリョーシャ」には理解できない、もしかするとそちらの方が本当の世界かもしれない別の世界へ今までの世界を捨てて入ろうとしている状態で、しかもモークロエで酔払っていて、自分も「グルーシェニカ」も泣いているような混沌として異様な興奮状態で話されたことなのです。
だから、今の「ドミートリイ」はそのことについては別世界のこととして頭の別のところにあったのであり、すぐには思い出せなかったのでしょう。
しかし、彼はそのときに一緒に泣いていたという「グルーシェニカ」にも同じ気持であることをどこかで期待していたのでしょうが、彼女は、現実世界でそのことを喋ってしまいましたので、「女はこうだからな」という言葉が出たのでしょう。
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