2017年5月16日火曜日

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「待ってくれ、アレクセイ、もう一つ告白があるんだ、お前だけにな!」

ふいに「ドミートリイ」が引き返してきました。

「俺を見てくれ、じっと見てくれ。ほら、ここに、ここのところに、恐ろしい破廉恥が用意されているんだ(『ほら、ここに』と言いながら「ドミートリイ」は拳で自分の胸をたたいたが、それもまるで胸のどこかそのあたりに破廉恥がしまわれ、保たれているかのような、ことによるとポケットに入れてあるか、でなければ何かに縫いこんで首にでも下げているみたいな、奇妙な様子だった)。俺と言う人間はお前にももうわかったはずだ。卑劣漢さ、衆目の認める卑劣漢だよ!だけど、いいか、俺が過去、現在、未来にわたってどんなことをしようと、まさに今、まさしくこの瞬間、俺が胸のここに、ほら、ここにぶらさげている破廉恥にくらべたら、卑劣さという点で何一つ比較できるようなものはないんだ。この破廉恥は、現に着々と成就されつつあるんだし、それを止めるのは俺の気持一つで、俺はやめることも実行することもできるんだよ、この点をよく憶えといてくれ!でも、俺はやめずに、そいつを実行すると思ってくれていい。さっきお前に何もかも話したけれど、これだけは言わなかったんだ、俺だってそれほどの鉄面皮は持ち合わさんからな!今ならまだ俺はやめることができる。思いとどまれば、失われた名誉の半分をそっくり明日返すことができるんだ。しかし、俺は思いとどまらずに、卑しい目論見を実行するだろうよ、お前にはいずれ、俺があらかじめ承知のうえでこの話をしたという証人になってもらうよ!破滅と闇さ!べつに説明することもないよ、いずれわかるだろうからな。悪臭にみちた裏街と、魔性の女だ!さよなら。俺のことを祈ったりしてくれるなよ、そんな値打ちはないんだから。それに全然必要ないしな、まるきり必要ないよ・・・全然要らないことだ!あばよ!」

そして彼はふいに去ってゆき、今度はもう本当に行ってしまいました。

「アリョーシャ」は修道院に向かいました。

『どうして二度と兄さんに会えないなんてことがあるだろう、兄さんは何を言っているのかな?』

ふしぎな気がしました。

『そうだ、明日必ず会って、ききだそう。いったい何のことを言っているのか、ことさら探りを入れてみよう!・・・』

ここで「アリョーシャ」はまた「ドミートリイ」を引き止めもせず返していますね。

この会話で「ドミートリイ」はいくつかの謎めいた発言をしていますが、もし「アリョーシャ」が「ドミートリイ」を引き止めて話をしていれば、これから先の展開も大いに変わっていたと思うのですが、そうする機会を「アリョーシャ」は二度も逃しています。

あしたじゃ、遅すぎるのです。

彼は胸をたたいて、ここに「恐ろしい破廉恥が用意されているんだ」と言っているじゃないですか、そして、今なら「俺はやめることも実行することもできるんだよ」と言っているじゃないですか。

カッコ書きの中は、後から思ったことかもしれませんが、(・・・何かに縫いこんで首にでも下げているみたいな・・・)と書かれています。

これは、十数年前に作者が書いた『罪と罰』の「ラスコーリニコフ」の斧を思い出さずにはいられません。

『彼は枕の下へ手を突っ込んで、その下に填め込んである肌着類の中から、ひどくぼろぼろになった洗濯もしてない古シャツを一枚さがし出した。そのぼろから幅一尺、長さ八寸ぐらいの紐を裂きとると、その紐を二重に合わせ、分厚な木綿で作った丈夫なゆったりした夏外套を脱いで、内側の左腋下へ紐の両端を縫いつけにかかった。』こうして、輪を作って台所から斧を盗んでその穴にさせば『斧を手に下げて町を歩」けるし、『斧の刃を差し込みさえすれば、斧は内側の腋の下に、途中ずっと安全にぶら下がっているわけだ』と、これは米川正夫訳『罪と罰』新潮文庫の(上)にあります。

「ドミートリイ」の会話を聞くとどうしても、彼が胸のあたりに凶器を隠し持っていて、話の成り行きから「フョードル」を殺しに行くのだろうと思ってしまいます。

これはそのように作者が仕込んでいるわけであって、「アリョーシャ」が何も気づかないのはおかしいです。

また、「ドミートリイ」は「ほら、ここに、ここのところに、恐ろしい破廉恥が用意されているんだ」というように「破廉恥」という言葉を多用しています。

その「破廉恥」とは、「人として恥ずべきことを平気ですること。人倫・道義に反すること。また、そのさま。恥知らず。」と『大辞林』で説明されています。


通常、破廉恥が用意されているなんていう使い方はされませんが、ここでは、彼が隠し持っているだろう凶器あるいは、別の何ものか、それはまだここではあきらかにされていませんが、彼がそれを使ってこれから実行することが人として恥ずべきことだということですね。


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