「ずいぶん苛立ってるんですね。昨日のことが尾を引いてるんですよ。あっちへ行って、横になったほうがいいんじゃないですか」と「アリョーシャ」は言いました。
「ほら、お前がそういうことを言っても」と、まるで今はじめてそんな考えが頭にうかんだかのように、老人がふいに指摘しました。「お前が言っても、べつに腹も立たんが、もしイワンがそれと同じことを言ったら、俺はかんかんに怒るだろうね。お前を相手にしとるときだけは俺にもお人好しの瞬間があるんだ。でないときの俺は根性曲がりの人間だからな」
「根性曲がりじゃなくて、へそ曲がりなんですよ」と「アリョーシャ」は微笑しました。
「あのな、俺はあのミーチャの強盗めを今日、牢屋にぶちこもうとしかけだんだ、今だってまだ、どっちに決めるかわからないけどな。もちろん、当節はやりのご時世じゃ、父親や母親を偏見のかたまりと見なすのがしきたりだろうさ。しかし、法律から言ったって、いくら今のようなご時世とはいえ、年とった父親の髪をつかんで引きずりまわしたり、親の家で、床に蹴たおして顔を踵で踏みにじったり、また押しかけてきて殺してやると高言したりすることは、許されとらんはずだぞ・・・それもみんな、大勢の証人がいる前でだからな。俺はその気にさえなれば、あいつを押っぺし折って、昨日の一件で今すぐ牢にぶちこんでやることだってできるんだぞ」
「でも、訴えるつもりはないでしょう、ありませんよね?」
「イワンにいさめられたよ。イワンなんぞくそくらえだが、俺自身にちょっとした思惑があるんでな・・・」
そして、「アリョーシャ」のほうに身をかがめると、彼は秘密めかしいひそひそ声でつづけました。
「俺があの卑劣漢を牢にぶちこんだりしてみろ、あいつを牢にぶちこんだことが彼女の耳に入れば、彼女はすぐにやつのところに走るからな。ところが、もし今日、あいつがかよわい老人の俺を半殺しの目に会わせたことを耳にすれば、彼女はおそらくあいつを振って、俺のところに見舞いにくるだろうよ・・・人間てのは、そういう性格を授けられてるものなんだ、何でも反対にやりたいんだよ。あの女の気持くらい見透しさ!どうだ、コニャックでも飲まんか?その冷たいコーヒーをやれよ、お前にもグラスに四分の一くらいついでやろう、味をよくするにはいいもんだぜ」
「フョードル」は自分のことを「かよわい老人の俺」などと言って「グルーシェニカ」が見舞いにくるだろうと思っているからおかしいですね。
まったく、取らぬ狸の皮算用とはこういうことです。
「いえ、結構です、どうも。もしいただけるんなら、このパンをもらっていきますよ」と「アリョーシャ」は言って、一個三カペイカのフランスパンをとり、僧服のポケットにしまいました。「お父さんもコニャックは飲まないほうがいいですよ」と、父の顔をのぞきこみながら、彼は心配そうに忠告しました。
「そのとおりだ。苛立つばかりで、心が休まりゃせん。まあ、あと一杯だけ・・・戸棚から出して・・・」
彼は戸棚を鍵で開け、グラスにみたして、飲み干したあと、戸棚を閉めて、鍵をまたポケットにしまいました。
ここで「戸棚を閉めて、鍵をまたポケットにしまいました」ということは、書かれてはいませんが戸棚を閉めていちいち鍵をかけてからポケットに入れているのですね、「フョードル」は常に戸棚の鍵をポケットに入れているのですね。
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