2017年6月16日金曜日

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「石を投げるのも、ぎっちょだよ」さらに別の少年が言いました。

そのとたん、まさにこのグループめがけて石が飛んできて、左ぎっちょの少年に軽く当って、飛びすぎました。

離れている距離は三十歩と言いますから23~4mです。

野球のバッターとピッチャーの距離は18mちょっとですから、かなり離れてはいるのですね。

とはいえ、力のこもった、鮮やかな投げ方でした。

川向うの少年が投げたのです。

「やっつけちゃえ、あいつにぶつけてやれよ、スムーロフ!」

みんなが叫びたてました。

しかし、左ぎっちょの少年スムーロフは、言われなくとも、おめおめと待ってはおらず、すぐに返礼をしました。

彼は川向うの少年めがけて石を投げましたが、はずれて、石は地面にぶつかりました。

川向うの少年はすぐにまたこっちのグループに、それも今度はまっすぐ「アリョーシャ」めがけて石を投げ、かなりな痛さで肩に命中させました。

川向うの少年はまだ九つくらいだと後に書かれていますが、かなりの確率の投石です。

川向うの少年のポケットには、用意の石がいっぱいつまっていました。

それは、三十歩へだてていても、外套のふくらんだポケットを見れば明らかでした。

「あれはあんたをねらったんだよ、あんたを。わざとあんたにぶつけたんだ。だって、あんたはカラマーゾフだろ、カラマーゾフだものね?」少年たちは爆笑しながら叫びました。「さあ、みんなで一度に投げようぜ、それ!」

そして、こっちのグループから六個の石がいっぺんに飛びだしました。

一つが少年の頭に当りました。

少年は倒れましたが、すぐにははね起き、気違いのようになって応酬しはじめました。

川の両側から絶え間ない投石が開始されました。

こっちのグループも、たいていの者がポケットに用意の石を忍ばせていることがわかりました。

しかし、これはいくら子供どうしでも危険なことですね。

「なんてことをするの!恥ずかしくないのかい、みんな!一人に六人でかかるなんて、あの子を殺す気かい!」と「アリョーシャ」は叫びました。

彼はとびだして行き、川向うの少年を自分の身体でかばうため、飛んでくる石に向って立ちはだかりました。

三、四人が一瞬ひるみました。

「だって、あいつが先にはじめたんだよ!」赤いシャツの少年が、子供らしい、いきり立った声で叫びました。「あいつは卑劣なんだ。さっき教室でクラソートキンをペンナイフで突いて、血を出したんだよ。クラソートキンは先生に言いつけようとしなかったけど、あんなやつ、のしちゃわなきゃ・・・」

「でも、なぜだい?きっと、君たちがあの子をからかったんだろう?」

「あ、ほら、またあんたの背中をねらって石を投げた。あんたを知ってるんだよ」子供たちが叫びました。「今度は僕たちじゃなく、あんたをねらってるんだ。おい、みんな、またやろうぜ、失敗するなよ、スムーロフ!」

そしてふたたび投石合戦がはじまりましたが、今度はひどく敵意のこもったものでした。

川向うの少年の胸に石が当たりました。

少年は悲鳴をあげて、泣きだし、ミハイロフ通りの方へ上り坂を逃げだしました。

グループの中に喚声があがりました。「やーい、意気地なし、逃げだしたぞ、へちま!」

「あんたはまだ知らないんだよ、カラマーゾフさん、あいつがどんなに卑怯なやつか。あんなやつ、殺したってまだ足りないや」

どうやらいちばん年上らしい、ジャンパーの少年が、目をぎらぎらさせて、くりかえしました。

「どういう子なの?」と「アリョーシャ」はきいてきました。「告げ口屋なのかい?」

少年たちは嘲笑をうかべたような感じで、顔を見合せました。

「あんたもあっちへ行くんでしょう、ミハイロフ通りへ?」同じ少年がつづけました。

「だったら追いつくんだね・・・ほら、また立ちどまって、待ってるよ、あんたを見てるんだ」

「あんたを見てらあ、あんたを見てるんだよ!」少年たちが相槌を打ちました。

「だったら、きいてごらんよ。ぼろぼろになった風呂場のへちまは好きかって。わかった?そうきいてごらんよ」

いっせいに笑い声がひびきました。

「アリョーシャ」は少年たちを、少年たちは「アリョーシャ」を見つめました。

「行かないほうがいいよ、怪我しちゃうよ」と「スムーロフ」が警告するように叫びました。

「ねえ、みんな、僕はへちまのことなんかきかないよ。だって、君たちはきっと、そう言ってからかうんだろうからね。でも、僕はあの子から、どうしてこんなに君たちに憎まれてるのか、ききだしてみるよ・・・」

「きくといいよ、きくといいよ・・・」少年たちは笑いだしました。

「アリョーシャ」は橋を渡ると、塀のわきを通って、仲間はずれの少年の方へまっすぐ坂を上って行きました。

「気をつけたほうがいいよ」そのうしろ姿に警告の叫び声がとびました。「そいつはあんただってこわがりゃしないから。いきなりナイフで突くんだ、こっそり隠しててさ・・・クラソートキンのときみたいに」

少年はその場を動かずに、彼を待っていました。

すっかりそばまで行ってから、「アリョーシャ」は気づいたのですが、それはせいぜい九つくらいの、青白い痩せた細長い顔をした、虚弱そうな、背の低い子供で、大きな黒い目に敵意をこめて彼をにらみつけていました。

かなり年代物の古ぼけた外套を着ており、そこから不恰好に身体がはみだしていました。

両袖から裸の手が突き出ていました。

ズボンの右膝に大きなつぎが当っており、右の長靴の爪先、親指のあたりに大きな穴があいていて、どうやらそこにはしたたかインクが塗ってあるらしいのでした。

外套のふくらんだ両のポケットには、石がつめこまれていました。

「アリョーシャ」はいぶかしげに少年を見つめながら、二歩ばかり手前に立ちどまりました。

少年は「アリョーシャ」の目を見てすぐに、相手にぶつ気がないのを察しとると、空元気をすてて、むしろ自分のほうから口を開きました。

「こっちは一人なのに、相手は六人なんだ・・・僕は一人であいつらをみんなやっつけてやる」目をきらりと光らせて、だしぬけに少年は言いました。

「たしか、石が一つ、とてもひどく当ったね」と、「アリョーシャ」は言いました。

「僕だってスムーロフの頭にぶつけてやったもん!」少年が叫びました。

「あの子たちが言ってたけど、君は僕を知ってて、何かわけがあって僕に石をぶつけたんだって?」と「アリョーシャ」はたずねました。

少年は暗い目で彼を見ました。

「僕は君を知らないけど、ほんとに君は僕を知ってるの?」と、「アリョーシャ」は重ねてたずねました。

「しつこいな!」ふいに苛立たしげに少年が叫んだが、それでもまだ何事かを期待するようにその場を動こうとせず、また敵意をこめて目を光らせました。

「じゃいいや、僕は行くから」と「アリョーシャ」は言いました。「ただ僕は君を知らないし、からかいもしないよ。あの子たちはどうやって君をからかうのか、教えてくれたけど、僕はからかうつもりはないんだ。さよなら!」

「坊主のくせに揃いのズボンなんかはいてさ!」少年は相変わらず敵意にみちた挑戦的な眼差しで「アリョーシャ」を見守りながら叫び、今度こそ「アリョーシャ」がきっととびかかってくるものと計算して、タイミングよく身構えましたが、「アリョーシャ」はふりかえって、ちらと眺めやっただけで、そのまま歩きだしました。

だが、ものの三歩と行かぬうちに、少年の投げた、ポケットの中にあったうちでいちばん大きな石がしたたか背に当たりました。

「君はそうやってうしろからぶつけるのかい?だとすると、あの子たちが、君はいつもこっそり闇討ちをかけるって言ったのは本当なんだね?」と、「アリョーシャ」はまたふりかえりましたが、今度は少年は気違いのようにまた「アリョーシャ」めがけて、それもまともに顔をねらって石を投げました。

しかし、「アリョーシャ」がすかさず顔をかばったため、石は肘に当たりました。

「よく恥ずかしくないね!僕が君に何をしたと言うんだい!」彼は叫びました。

少年は無言のまま喧嘩腰に、今度こそ必ず「アリョーシャ」がとびかかってくるだろうと、そればかり待ち受けていました。

相手が今度もかかてこないのを見ると、少年は野獣のようにすっかりいきり立ちました。

いきなりとびだすと、自分のほうから「アリョーシャ」に組みついてゆき、相手が身動きする間もないうちに、怒り狂った少年は頭を下げ、両手で彼の左手をつかむなり、中指にひどく噛みつきました。

歯を立てたまま、十秒ほど放そうとしませんでした。

「アリョーシャ」は力まかせに指を振りきろうとしながら、痛さに悲鳴をあげました。

少年はやっと指を放し、前と同じ距離までとびすさりました。

指は爪のすぐわきのあたりを骨に達するくらい深く、したたか噛まれていました。

血が流れだしました。

「アリョーシャ」はハンカチを取りだし、傷ついた手を固く縛りました。

繃帯するのにほとんどまる一分はかかりました。

少年はその間ずっと立ちどまって、待っていました。


やっと「アリョーシャ」は静かな眼差しを少年にあげました。


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