「アリョーシャ」は噛まれた指からハンカチをほどきました。
ハンカチはべっとりと血にまみれていました。
「ホフラコワ夫人」は悲鳴をあげて、目をつぶりました。
「まあ、たいへんなお怪我、恐ろしい!」
しかし、「リーズ」は戸の隙間から「アリョーシャ」の指を見るなり、すぐに力いっぱいドアを開きました。
「入っていらっしゃい、こっちへいらっしゃいよ!」と、彼女は有無を言わさぬ命令口調で叫びました。「今度はもう冗談ぬきよ!まあ、大変、どうしてこんなに永い間、ぼんやり突っ立って、黙っていらしたの?出血で参ってしまいかねなかったわ、ママ!いったいどこでこんな目に、どうして?何よりも先に水よ、お水をちょうだい!傷口を洗わなければ。痛みがとまるように、冷たいお水に指を入れて、しばらくそのままにしておくのよ・・・早く、早くお水をちょうだい、ママ、うがいコップに。ねえ、早くったら」
神経質に彼女は言い終えました。
彼女はすっかり肝をつぶしていました。
「アリョーシャ」の傷がひどいショックを与えたのです。
33歳の「ホフラコワ夫人」はただ動転するだけですが、14歳の「リーズ」の方は機転がききますね。
咄嗟の事態に対して、このような行動をとることができるというのは、当たり前のようであっても実際にはなかなかできないことです。
そういった意味では、「リーズ」は「ゾシマ長老」との面会の時には幼さが目立ってとんでもない印象を受けましたが、本当はなかなか優れた女性ですね。
「ヘルツェンシトーベ先生をよびにやらなくていいかしら?」と、「ホフラコワ夫人」が叫ぼうとしかけました。
「ママ、あたしをあんまり悲しませないでよ。ママのごひいきのヘルツェンシトーベなんか、やって来ても、わかりませんなと言うだけよ。お水、お水をちょうだい!ママ、おねがい。ご自分で行って、ユーリヤを急がしてらして。あの子、どこかそこらに沈没して、どうせすぐには来やしないんだから!ねえ、早くしてよ、ママ、でないとあたし死んでしまうから・・・」
「いや、こんなのたいしたことないですよ!」と「アリョーシャ」は母娘の怯え方にびっくりして叫びました。
「ユーリヤ」が水を持って駆けつけました。
「アリョーシャ」は指を水につけました。
「ママ、おねがい、ガーゼを持っていらして。カーゼと、それから、切傷用の、とてもしみる濁った水薬があったでしょう、何ていう薬だったかしら!うちにあるのよ、あるわ、あるわ・・・ママ、あの薬瓶がどこにあるか、ママだって知ってるでしょう。ママの寝室の、右側の戸棚よ、あそこに薬瓶とガーゼが入っているわ・・・」
「今みんな持ってきますよ、リーズ、ただそんな大きな声をだして、騒ぎたてないでちょうだい。ごらんなさいな、アレクセイ・フョードロウィチはご自分の不幸を毅然として堪えてらっしゃるじゃないの。それにしても、どこでそんなひどいお怪我をなさったんですの、アレクセイ・フョードロウィチ?」
「ホフラコワ夫人」は急いで出て行きました。
「リーズ」はそれだけを待っていたのでした。
「何よりもまず、あたしの質問に答えてくださいな」と、彼女は早口で「アリョーシャ」に言いはじめました。「どこでそんなお怪我をなさったんですの?それを伺ったあと、全然別のお話しをしますから。さあ!」
「リーズ」は肝心なことをちゃんと相手を思いやりながらも伝えています。
「アリョーシャ」は、母親の戻ってくるまでの時間が彼女にとって大切なのだと本能的に感じとったので、中学生たちとの謎めいた出会いのことを急いで、多くの箇所を省いたり縮めたりしながら、しかし正確にはっきりと彼女に伝えました。
話をきき終ると、「リーズ」は呆れ顔に両手を打ち合わせました。
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